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北海に臨む孤島を目指して

7世紀半ば頃に英国北東部の北海に面した孤島リンディスファーン(Lindisfarne)の修道院長を務めた聖カスバート(Saint Cuthbert)の由縁の地へ聖人の記念日(3月20日)到着を目指し、英国各地から人々は巡礼に旅立つ。

聖なる島の乙女聖マリア教会(Church of St Mary the Virgin, Holy Island)と修道院の遺跡

英国北東部の主要都市エディンバラから南東へ約100キロメートルの北海に面した海岸線に、英国北部のケルト系キリスト教の重要な中心地となっていた聖なる島(Holy Island、リンディスファーン島の別名)がある。6〜7世紀頃には修道院があり、聖エイダン(St Aidan)、聖カスバート(St Cuthbert)、聖エドフリス(St Eadfrith)、聖エドバー(St Eadberht)の4人の聖人を輩出したが、8世紀末にデンマークからのヴァイキングの襲撃で修道院は廃墟と化した。

聖なる島の乙女聖マリア教会内観

この島にある「聖なる島の乙女聖マリア教会(Church of St Mary the Virgin, Holy Island)」は、初め635年に築かれていたが、8世紀末のヴァイキングの襲来で破壊された。現在の教会は13世紀にキリスト教化したヴァイキングにより築かれ、19世紀初頭に修復されている。

聖カスバートの聖なる遺体を運ぶ修道士たちの木像。聖なる島の乙女聖マリア教会所蔵

リンディスファーンに埋葬されていた聖カスバートの聖遺物は、8世紀末から10世紀にかけてのヴァイキングの度重なる襲撃から護るため、ダラム(Durham)に移葬された。

聖カスバートの記念日の特別ミサの後、信者と歓談する女性聖職者、サラ・ヒル博士
リンディスファーンの修道院の遺跡、墓地の合間からリンディスファーン城が見える
聖なる島の各所で見られるケルト十字

十字架を太陽の光輪で囲んだケルト十字は、アイルランドや英国北部のケルト系の地域でよく見られる。聖なる島の墓地などにも多数見られた。

リンディスファーン城外観。引き潮の時には城山まで徒歩訪問可能

聖カスバートは687年に帰天した後、リンディスファーン島に埋葬された。聖カスバートの遺体は約100年後に発掘した際に「腐敗」していなかったことと、聖カスバートの聖地を訪れた人々に数々の奇跡が起こったことから、リンディスファーン島は数百年にわたり主要な巡礼地となっていた。

リンデスファーン城に坂道が続く

聖なる島の東端の岩山にリンディスファーン城がある。1537年頃に修道院が解散となり放棄された後、ヘンリー八世は1542年、スコットランドとの国境にあったこの島に防砦用城塞の造営を命じた。エリザベート1世が城を修復し17世紀初め、ジェームズ1世がイングランドで権力を握り、スコットランドと王位を統合したため、城塞の必要性は低下した。その後、城に防御の兵が駐屯し、小さなリンディスファーン港を守っていた。

城塞の外側に造られた場内への急こう配の遊歩道

1901年に出版王エドワード・ハドソンの所有となり、アーツ・アンド・クラフツ様式で城は改修された。

敵の侵入を難しくするために城の入り口は狭い
20世紀初頭の所有者、出版王ハドソンの書斎
場内の暖炉の間。暖炉の上に英国を中心にした地図の中央に時計がある
屈強そうな城への出入り口

聖人録

聖カスバート

Saint Cuthbert

聖カスバート像(ダラム大聖堂のステンドグラス)

聖カスバートは、スコットランドの中心都市エディンバラに近いラウダーダーレ(Lauderdale)もしくは周辺で、634年頃貴族の息子として生まれた。
カスバートが生まれた頃、英国北部にノーサンブリア王国があり、王がキリスト教に改宗し、住民も改宗し始めた時期だった。
651年の夜、聖カスバートはリンディスファーン修道院の創立者聖エイダンが亡くなったという夢を見て、修道士になることを決意した。
665年頃にリンディスファーンの院長を務めた。684年にリンディスファーン司教に任命されたが、686年、自らの死期が近いと予知し、687年1月、リンディスファーン沖のファルン諸島(Farne Islands)に隠棲、2か月後の3月20日に帰天した。聖カスバートの墓の周辺、教会で数々の奇跡が生じたことから、聖カスバートへの崇敬が一気に高まった。11世紀半ばに聖トーマス・ベケットが殉教するまで、聖カスバートの聖遺物を顕示しているダラム大聖堂は、英国で最も人気のある巡礼者が多い教会だった。

聖エイダン

Saint Aidan of Lindisfarne

聖なる島の乙女聖マリア教会の敷地内に立つ聖エイダン像

リンディスファーンの聖エイダンは(アイルランド語:Naomh Aodhán「小さな炎の者」の意)は、590年頃アイルランドに生まれたとされるが、幼少期の詳細は分かっていない。アイルランドの修道士でアイルランドから英国北東部ノーサンブリア地方に送られ、アングロサクソン人をキリスト教に改宗させた。エイダンはリンディスファーン島に修道院、聖堂を建て、初代司教を務めた。エイダンは、精力的に地方を巡り、貴族、子どもや奴隷を含む社会的に権利を奪われた人々に福音を伝えた。
「ノーサンブリアの使徒(Apostle of Northumbria)」として知られ、カトリック、東方正教会、英国国教会で聖人として崇敬されている。
ノーサンブリア地方、消防士の守護聖人。



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