懐かしいぽこぽこ
病院のベッドにいます。
ものすごい汗といっしょに熱が出て、下がったと思うと手は真っ白で爪は紫、ガタガタ歯がなるほど震える悪寒の繰り返しで1週間。
汗をかかない私が人生で1番汗をかいた。
限界を乗り越えながらも2回病院に行き、ただの風邪だねえとのこと。しかし辛すぎる…これが風邪ならこのしんどさ何ィ⁉︎と思い3度目の正直。
肺炎が分かり、家に帰るも翌日悪化して入院。
薬が飲める状態でよかった!妊娠中でも授乳中でもない、本当にたすかった!と心の底から思い、妊娠中、帰宅後の夫に(オイもっとちゃんと手洗え薬飲めないんだぞこっちは)とギリギリしたのを思い出したりした。
ごはんをちみちみ食べ、半分に減らしてもらった量を完食できるようになった頃、お腹がぽこぽこ活動を始めた。本当に胎動に似ている。
なんか懐かしいぞ〜この感じと思いながらしばらくお腹に手を当てていた。それとは関係なくおへその辺りを温めるのって落ち着くよね。
まぁそれで、このnoteがいつまで残るのかは分からないけれど忘れてしまわないように記録したいと思う。
私は日記を始めてもその日記を失くす人間だから…
2025年9月23日
朝6:00におしるしが来て、念のため入院に。
予定日は10月4日だから焦っている。
いよいよ出産が自分ごとになり(遅い)、
やっぱコスメっているかな?お守りに指輪つけたらアカン?犬は大丈夫?冷蔵庫の中身いける?てか今日タコパやなとか全然関係ないことを考え、病院に向かう車の中で退院のベビードレスを早めに発送してもらえるかメールしたりしていた。
私は勉強中に掃除をするし、片付け中にアルバムを開くタイプです。このタイプはそうなるのかしら
病院到着🏥
前日の検診でも子宮口2cmだね、たぶん来週もこんな感じだろうねって話していて到着した時もずっと2cmだったのでパパ一旦帰ろうか〜ということで夫は仕事へ。
夫が帰る前に朝食を買いに行くよ!とのことでメロンパンを頼んだけども無かったらしい。最悪だ〜私はメロンパンを食べたかったなと思いながら死ぬかもしれん、てかそんなコンビニはコンビニじゃ無いだろ許せないとか思ったのを覚えている。けれども袋の中身は私の好物いっぱいだった。ありがとね
個室に移動し、なんかお腹壊してるかもやばいと呟きながらトイレへ。この時点で歩くの辛いほど痛い、これを3回繰り返す(気づいて)
看護師さん1回来るけど大丈夫?と言いつつどっか行く。陣痛てどうしたらどうなの!?と聞く余裕もなかった。
本当に何食べたんだろう生ものじゃないし…とか考えてたけど痛すぎて頭おかしかったんだと思う、どう考えても陣痛だから。
しばらくして姉に、「なんかお腹いたくってさ〜明日産まれるぽいから今日のタコパ行けないわ〜」とか電話してるといきなり比べものにならない激痛が襲って来た。ほんとに息ができないし何かに捕まらないと意識を保てないレベル。
それを何回繰り返したか覚えてないけど、そういや陣痛って時間測るんだっけと思いメモ始める(原始的)。しんどくなって来てアプリないんか?とappストアで🔍陣痛 で調べて陣痛タイマーというアプリをダウンロード(遅すぎ)
測ってると2.3分間隔で、やばい私ってこんなに痛みに弱かったんだ⁉︎ 陣痛って絶対こんなもんじゃないよな気合い入れろ!まだまだデカいのが来るんだ!けど一旦ナースコール押すか!!!!痛い!
ベッド上のナースコールに手を伸ばそうとしても高くて届かずまた時間が過ぎていく………痛みが少し引いた瞬間に押せた!助かった!と思ったのに、壊れていたのか私の声が遅れて聞こえてくるだけ。
ここでいっこく堂はいらんねん…はよきてくれ…ええ?みんな陣痛って1人ちゃうよね?テニスボールの時間どこいったん?と朦朧としていると看護師さん来た。
🍣:たぶん私痛みに弱すぎてもう2分とか1分になってんすけど、そんな訳ないよねえ
👩🏻⚕️:どれどれ見ようか〜え!?全開大やで!なんでこうなるまでに呼ばんかったん!?1人で!?
ということで、いきみ流し、なんて知らなかった私は知らぬ間にいきんでおり進んでいた模様…
痛みに弱すぎたんじゃなくて強すぎたんだって。
産みたいのに産めない時間
そこからは急いで分娩室横の部屋に移動し、立ち会いのために夫が来るまで耐えた。
これが本当にきつかった!!もういつでも産んでいいですよって状態なのに力を入れられないから、激痛のなか何も掴まず空中で手をひらひらさせては息を長く吐き続けた。すごく変な姿だった思うけど構っていられなかった笑
助産師さんたちは3回ほど来てさすってくれたけどすぐどこかへ行ってしまうので、置いていかないで〜と思いながらも声は出ず大変心細い思いをした。この日は出産が立て込んでいたらしい、仕方ないけど仕方なくなかったよ…
50分後、夫が到着し安心感から泣き声が混じる。いよいよいきむ!が、逃し続けたせいで今更いきみ方が分からない。そして子宮口を両手で思いきり広げられる(何度も繰り返されるこれが本当に拷問であった、いまは令和だよ…泣)。
もっとこう!こっちきて!上体起こして!とか夫に言いながらなんとかフーフー呼吸を続けた。
いざ出産!
分娩台にあがり、ラストスパート。お水ある?と聞かれた夫は俺のはあります!とか答えていて気が抜けた。どう考えても私のやつね
分娩台では足が攣っていた。股関節の柔らかさは大事だよ〜って聞いてたけどこういうハプニングもあるんだな。
人工破水をするためにプツッと割られ、思い切りいきんだ後はすごく眠い!とにかく眠い!ふわふわして心地いい〜という感じ。
私はあまり叫んだりすることもなく静かにいきみ、あとは眠っていた。もういきまなくていいよ休憩しようと言われても赤ちゃんが苦しいかもと思うと休めなくて、いきみ続けてまた眠る。とにかくその繰り返し。どれくらい眠っていたかと言うと、私は全く汗をかかなかったくらい。(疲れたんだなぁと思っていたんだけれども、後日母に言うと死ぬところだったんじゃないかとびっくりされた)
夫は様子を見て水を口に入れ、うん大丈夫!かわいいよ!リップ乾燥してるから塗ろうか!?と謎のフォローと気遣いをいれてきて、また気が抜けた。
(写真映りを気にしてくれたみたいだけど、産まれる着前にマスクをつけられたので無意味に笑)
話が逸れるけど、私は無痛分娩が出て来た時の母親の「あの痛みがなくなるなんてどういうことなの…」という発言を覚えていて、恐怖よりも興味が勝つ性格なのもあり、私を産んでくれた痛みを体験してみたくて普通分娩を選んだ。でもこれに"普通"って名前がついてるのがいけないよね、これは人間が感じていい痛みではない。歯を抜くときに寝ているような人間でさえ涙が少し出たもん。
(出産後は母親にすぐに感謝の連絡をした。)
ようこそ赤ちゃん
眠りと泣き声に近い小さなヒィーーン…という時間を繰り返し、ときどきあの拷問を受けながら最後にシャッと切開。15時6分、2406gの娘が産まれた。
シワシワでむくむくで小さいけどしっかり生きていて涙が出た。流産しかけた日のこと、血腫が見つかった日のこと、不安だった毎日のこと、4Dエコーでなぜか号泣したこと、楽しみにしてくれている人たち、色んな10ヶ月の間の出来事を思い出してなんとも言えない気持ちになった。
あなたもがんばったんだよね〜ありがとう。
保育器にしばらく入っていたので私は1人で、ぜんぜん眠れなかったので手紙を書いたり写真を見返したりして時間を過ごした。
赤ちゃんと初めて対面したのは2日後の夜中で、隣に眠る我が子をみて「赤ちゃんだ〜赤ちゃんがいる〜すご〜」と不思議に思った気持ちは忘れない。
今でもたまに本当に私が産んだんだ…と思う。
なかなか体重が増えず厳しいチェックが入り落ち込んだりもしたけれど、そんなこと思い出せないほどムチムチに育った娘。
担当のおじいちゃん先生は「どんなに小さくってもね、産まれてしまえば大丈夫!」と強く言ってくれて、それが大きな励みになった。この先生への感謝はずっと忘れないだろうな。
どんな子になってほしいと願ったところでそうはいかないもんだから元気に育ってほしい。
ちょっと欲を言えば自信と素直さと思いやりを持ってほしい。でもやっぱり笑っていてくれたらそれでいいと思ってしまうほどには可愛い。
まだまだこれから色んな出来事が私たちを待っているんだと思うとこわくもあるけど楽しみだな〜
ようこそ!だいすきな娘!
※無事に退院できました✌︎
