見出し画像

掌編小説 【色彩幻想譚】 亜麻色の少女


 初夏の風が吹いた。

 柔らかな日差しが、木々のあいだから差し込み、草の匂いと光を運んでくる。
 坂道の上に続く並木道で、あまねは風を受けて立ち止まっていた。

 亜麻色の髪が、さらりと揺れる。
 明るくて、でもどこか遠くを見ているような横顔。
 その姿は、初夏の空気にとけてしまいそうなくらい、儚かった。

「この風、なんだか懐かしいね」

 誰にともなく呟いた言葉が、風に乗って坂の下へ流れていく。

 昔、この坂道を、誰かと走った記憶がある。
 笑いながら手を繋いで、無邪気に転びそうになって。
 名前も顔も思い出せないのに、不思議とあのときの“ぬくもり”だけは胸の奥に残っていた。

 あまねは、あの頃から少しだけ大人になった。
 いまは誰かの手を引くことも、そっと離すことも、できるようになった。

 

「きっと、もう会えないね」

 そう思うと、ほんの少し、心がきゅっとなる。
 けれど、それもまた“優しい痛み”だと、今の彼女にはわかっている。

 風が吹いた。

 並木の葉が揺れ、空の青が透けて見えた。

 あまねは、風の音に耳をすませながら、目を閉じる。

 それはきっと、人生のなかのたったひとつのページ。
 でも、明るくて、やさしくて――
 そして、儚くて美しい、初夏の一日。

 

 もう振り返らない。
 でも忘れない。

 あの風も、あの空も、あの笑顔も。
 すべてが、“わたし”の一部として、今もここに残っているから。


 前回作品「今様色の少女」

 次回予告「秘色色の少女」

いいなと思ったら応援しよう!