30年間生きてみて。楽しかった思い出を振り返る!(思春期編)
先日、30歳になりました!
といっても、メンタル疾患療養中の私は、身体は常にどんより、頭は思うように動かず…誕生日を機に何か変わったということはなく、灰色の日々が過ぎていきます。
そんな中でも、30年間生きてきて楽しく充実していたこともそれなりにあったはず。今が苦しくても、周りの人と違っても、発達障害(ASD)の診断があっても、自分を生きていてよかったと思いたい。希望を持ちたい。
そう思い、今回はあえて、楽しかったことを振り返る回をセラピー的にやってみたいと思います。
(気軽に3つ挙げてみました)
・小学生時代から、地理に親しんでいたこと
小学校4年生ごろ、私は「世界の国ぐに図鑑」にハマりました。毎日図鑑と付属の世界地図をピラピラとめくるとき、新しい国名や首都や国旗を覚えるとき、自分の世界がどんどん広がる気がして、楽しかった。日本には無い「地上で面した国境」や「宗教」の概念、国旗の色の意味、地名に込められた意味を探るのも好きでした。
人間がどんな意図をもって国や社会や地域や交通を形成してきたか…「社会科」が好きになるきっかけでした。この興味はずっと継続して、大学でも、社会学系の専攻を選びました。
今も、旅行系や鉄道系、地理系のYoutubeを見たり、地図や路線図を眺めるのが好きです。
・両親と家族3人でよくドライブや旅行に出かけたこと
父がドライブ好きで、県境を何個か跨いでの遠出が、家族の楽しみの1つでした。父が運転席。母が助手席。一人っ子の私は、後ろの席でぼーっと車窓を見て過ごしました。高速道路を走る車のナンバープレートの地名を見て、遠くに来たことを実感したり。空や緑を眺めたり。親世代の昭和の歌謡曲のCDもかけてくれて、「古いな」と思いながらも好きになった。
多感な思春期時代に学校が少し息苦しく感じていた私にとって、車の中は、世の中と切り離されたリラックスできる空間でした。
・合奏部の部活動を頑張ったこと
女子中高一貫校に入学した私は、その演奏に魅せられて、中高合わせて100人規模の合奏部に入部。
ずっと一人で図鑑を眺めたり、後部座席でぼーっとしていたマイペースな私が、「みんなで合わせて何かをやる」「大勢で一つの作品をつくる」楽しさ、一体感を知った原体験でした。
音が重なって、一つの曲ができるのが楽しい。皆で演奏しているときの、空気がふわっとする感じが幸せ。イイ感じで演奏できた後、「ねえ、さっきのなんかよかったよね?」って通じる感じが好きだった。
とはいえ、集団行動や、女の子同士の独特の雰囲気が苦手だった私。1学年20人程度のメンバーになかなか馴染めなかったのがきつかった。幹部学年に近づくにつれて、話し合いを何度も重ねて、やっと表面上だけでも仲良くなることができた。
何より、「周囲に馴染めない」と思っていた私が唯一、周りの人と心を通わせることができたのが音楽だったからこそ、部活動に救われていたし、いろいろ苦労があっても高2の引退まで辞めず、やり切った。
楽しかったことを書いてみて。思い出せる感性があってよかった。
部活動への思い入れが強く、思いのほか長くなってしまったので、今日は思春期までで。マイペースで探求や自分の時間を大事にしたいんだけど、それでも周りと心を通わせて繋がっていたい。そんな自分のベースが見えた気がします。
書いてみて改めて思うのは、こんな私でも、「楽しい」「充実している」と感じられた経験が沢山あるということ。過去を思い出してキーボードを打つだけでも、心の炎を感じることができること。
楽しいことを思い出せる感性があってよかった。苦しいことを反芻しがちな私にとってはかなりセラピー効果があるんじゃないかなと思いました。
今苦しく感じているあなたへ。
楽しかったことや好きなことを書き出してみると、心の変化を味わえるかもしれません。
