5月病になる前に、お寄りください。 土曜日半ドンの記憶がある世代と、働き方が選べる世代が穏やかに過ごす方法が哲学にあった。
No.17
有休も使わず暦通りに働くあなたは、
明日も仕事。
そんな昭和の日(祝日)の午前中
今回は少し角度を変えます。
世界は
「どう見えるか」で決まるのか。
それとも
「どう使えるか」で決まるのか。
「24時間働けますか」世代と「働き方が選べる」世代のあいだで
──フッサールは、もう気づいていた。
📝哲学ゼミ:本日の概念
☑️ 現象学(Phenomenology)
──世界は”そこにある”のではなく、“現れてくる”。
フッサールが見つめたのは、
物でも思想でもなく、
「いま、私にどう現れているか」 という一点。
世界は外側にあるのではない。
世界は、私の意識の中で立ち上がる。
• 見える
• 聞こえる
• 触れる
• 思う
• ざわつく
• ひっかかる
そのすべてが”現象”。
そして現象こそが、世界の入口。
現象学とは、
世界が”私にどう現れているか”を、
一切のごまかしなく見つめる技法。
世界は、見えるものではなく、
現れてくるもの だと教えてくれる。
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☑️ 実用主義(Pragmatism)
──その考えは、あなたを前に進めるか。
パース、ジェイムズ、デューイが示したのは、
哲学を”机の上”から”人生の現場”へ引き戻す視点。
真理とは、
正しさのことではない。
役に立つかどうか のこと。
• その言葉は、あなたを軽くするか
• その考えは、あなたの明日を変えるか
• その信念は、あなたを自由にするか
実用主義とは、
「その思想は、あなたの人生に何をもたらすのか」
という一点で世界を測る哲学。
世界は、理解するものではなく、
使うもの だと教えてくれる。
どちらも、
私たちが世界を理解するための重要なレンズです。
では、このレンズが日常のどんな場面で働いているのか。
ゼミの外に出て、もう少し柔らかい例で確かめてみましょう。
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👩🎓進行役
この時期求人広告を見てしまった人は多いと思う。
理由は5月病の予兆。
・週休3日制度
・裁量労働制: 実際の労働時間に関わらず、
あらかじめ決めた時間働いたとみなす制度。
仕事の進め方や時間を本人の裁量に委ねるため、
早く終われば帰ることが可能です。
こんな言葉を目にします。
そのとき、隣にいた人は何と言いましたか?
「楽になるね」
「遊びに行けるね」
「何曜日が休みになるだろう」
「休みの日に他の仕事ができる」
──同じ求人広告を見ていたはずなのに、言葉がまったく違う。
これ、脳の違いでも、性格の違いでもない。
意識の向きが違うのだと、私は思っている。
・「楽になるね」(疲れが取れる=自分の身体・感情への気づき)
・「何曜日が休みになるだろう」(自分の生活リズムを想像している)
これは内側
・「遊びに行けるね」(休みを”行動”に変換している)
・「休みの日に他の仕事ができる」(時間を”資源”として運用している)
これは外側
どちらが正しい、ではない。
どちらの意識が、いま起動しているかの違いだ。
そしてこの違いが、
「なんかこの人と話してると噛み合わない」の正体になる。
内側に向いている人は「感じたことを共有したい」。
外側に向いている人は「使えることを共有したい」。
悪意はない。
ただ、意識の向きが、すれ違っているだけだ。
そのまま会話を続けると、
「疲れる」「話が合わない」という感覚だけが残る。
だから、先に動くのは私たちの役目だと思っている。
Z世代のお給料が気になる前に、
彼らの世界が「どう現れているか」を、まず受け取る。
それがエポケー(判断停止)。
フッサールが名付けた、意識のリセットボタン。
自分の先入観を括弧の外に出して、
相手の世界に、一歩だけ近づいてみる。
「共感しよう」と意気込まなくていい。
「いま、自分の意識はどちらを向いているか」
それを確認するだけで、会話の空気は変わる。

☕️ 寄り道カフェ
ゼミが終わり、近くのカフェへ移動する。
最近、こんな話を耳にした。
世の中には、同じ現象をまったく違う角度から説明する考え方がある。
• 期待の波を描くガートナーのハイプサイクル
• 人がいつ新しいものを受け入れるかを示すキャズム理論
これらは「技術の話」のように見えて、実は “世界の見え方”の話 だ。
人は世界をそのまま見ているのではなく、
自分の興味というレンズを通して世界を見ている。
哲学者ウィトゲンシュタインはこう言った。
世界とは、事実の集まりではなく”見え方”の集まりだ。
同じ求人広告を見ても、
• 健康を気にする人
• ビジネスモデルを考える人
• 学びに時間を使いたくなる人
まったく違う世界が立ち上がる。
世界は”どう見えるか”で決まるのか?
それとも”どう使えるか”で決まるのか?
現象学は「見え方」を扱い、
実用主義は「使えるかどうか」を扱う。
でも、どちらにせよ――
世界は私たちの心の働き”によって形を変える。
だからこそ、同じ現象でも人によって意味が違う。
ハイプサイクルは「期待というレンズ」で世界を見る。
キャズムは「受け入れるかどうかというレンズ」で世界を見る。
どちらも、現実を測っているのではなく、人の意識を測っている。
ハイプサイクルも、キャズムも、ウィトゲンシュタインの言葉も、
すべては「世界の見え方の違い」を説明している。
そしてその”見え方”は、
私たちがどんなレンズを持っているかで決まる。
世界はひとつ。
でも、見え方は無限。
スマホの中の求人広告を見て
「楽になるね』と言った人の世界を、
少しだけ覗いてみる。
それが共感の、最初の一歩だ。
「24時間働けますか」と言われた時代を生きてきた私たちと、
週休3日という選択肢の中で働く世代。
同じ職場にいると、
見え方の違いがぶつかることもある。
でもそれは、
どちらが正しいかという話ではない。
レンズが違うだけ。
違うレンズを持つ人が隣にいるからこそ、
自分の世界の輪郭が少し広がる。
これでいいのだ‼️

昭和の日の午前中に、哲学をやった。
ゼミが終わって、カフェで一息ついて、
気づけばもう昼前だ。
「せっかくだから、ランチにしませんか。」
祝日の昼間に、哲学の話の続きをする。
子育てが終わり、親の介護も無し。
それが許される年齢になったことを、
私はわりと気に入っている。
【No.17番外編】深淵の哲学ゼミへ続く
──努力も意味も”私の意識”なのか?
参考記事
テスラvs本田宗一郎 空冷HONDAvs空冷Porsche911
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