「元通り」を目指すのをやめたら、呼吸が楽になった話
「早く元に戻らなきゃ」
そんな言葉を、
ずっと自分に言い聞かせていた時期がありました。
病気やケガをすると、
どうしても「あの頃の自分」を目指してしまいます。
普通に働けていた自分。
家のことをこなせていた自分。
好きな場所へ自由に行けていた自分。
私もずっと、
そこへ戻ろうとしていました。
でも今振り返ると、
その「元通り」が、
自分を苦しめていたのかもしれません。
「もう大丈夫そうだね」が少し苦しかった
足首を骨折した時も、
喘息で苦しかった時も、
周りの人は心配してくれました。
そして少し良くなってくると、
こんな言葉をかけてくれます。
「良かったね」
「もう大丈夫そうだね」
もちろん悪気なんてありません。
むしろ優しさです。
でも、
その言葉を聞くたびに、
少しだけ苦しくなる自分もいました。
ギプスが外れても、
歩けば痛い。
階段は怖い。
喘息も、
見た目には分からなくても、
しんどい日はありました。
みんなは「治ってきた」と思っている。
でも私は、
まだ必死だった。
そんな気持ちをうまく言葉にできず、
一人で抱えていた気がします。
過去の自分と戦い続けていた
働けなくなると、
収入も止まります。
病院代。
ガソリン代。
駐車場代。
今まで当たり前に払えていたものが、
急に重たく感じるようになりました。
本当は自分で払いたい。
本当は迷惑をかけたくない。
そんな思いばかりが膨らんで、
気がつけば、
過去の自分と今の自分を比べていました。
「前はできていたのに」
「前の私はもっと頑張れていたのに」
でも、
その勝負は最初から負けるんですよね。
だって、
過去の自分は元気だった頃の自分。
今の自分は、
病気やケガと向き合っている最中の自分だから。
同じ条件じゃないんです。
それでも、まだ戻りたいと思う日もある
正直に言うと、
今でも時々思います。
「あの頃みたいに動けたらな」
って。
だから、
全部吹っ切れたわけではありません😊💦
でも、
以前の自分を追いかけ続けることに、
少し疲れてしまったんです。
だから最近は、
こんなふうに考えるようになりました。
「今の私にできることは何だろう」
以前みたいに1時間歩けなくても、
今日は少し歩けた。
以前みたいに働けなくても、
今日は記事を書けた。
以前みたいに全部一人でできなくても、
「ありがとう」は伝えられた。
そんな小さなことを数えるようになりました。
弱いままで前へ進む
昔の私は、
助けてもらうことが苦手でした。
頼ることは弱いことだと思っていました。
でも今は少しだけ思います。
助けてもらうことは、
負けじゃなかった。
頼ることは、
弱さじゃなかった。
ただ、
一人では生きていけないことを知っただけだったのかもしれません。
今でも不安になる日があります。
焦る日もあります。
「なんで私だけ」
と思う日だってあります。
でも、
そんな日があってもいい。
そう思えるようになりました。
もし今、
以前の自分に戻れなくて
苦しんでいる人がいたら、
どうか焦らないでください。
無理に前を向かなくても大丈夫です。
立ち止まる日があってもいい。
泣く日があってもいい。
あの頃より幸せなのか、
強くなったのか、
正直よく分かりません。
でも、
前の私には見えなかった景色が、
今は少し見えるようになりました。
それだけでも、
悪くなかったのかもしれません。
今夜は、
頑張ってきたその手を
そっと眺めながら、
自分に言ってあげてください。
「いーよ😊」
って。
今日はここまで来た。
それだけで十分です。🌿
「元の自分に戻れない」
という絶望は、
実は新しい自分に生まれ変わる
「破壊的可塑性(はかいてきかそせい)」
という再生のプロセスでもあります。
過去の自分に固執せず、
今のあなたのままで
歩き出すための具体的な
「心の着替え方」を、
現在ガイドとしてまとめています。
近日公開予定ですので、
楽しみにしていてください。
🌿関連記事
・なんで私ばっかりって思ってしまう日
(https://note.com/iyohibi/n/n2f4f98d04db0)
・優しい人ほど、我慢に気づかない
(https://note.com/iyohibi/n/nee5367a13439)
・「線が薄い」のは、あなたがまだ「途中」なだけ🌿
(https://note.com/iyohibi/n/nb7d8c9fc98af)
・もう無理しすぎるのはやめようと思った
(https://note.com/iyohibi/n/nee0bc9ad6599)
同じように、少し立ち止まっている方へ届きますように。
#労災
#療養生活
#自分を大切にする
#心の整理
#生きづらさ
#エッセイ
#50代からの生き方
#いーよ手相とことば
#手相
#手相とことば
