「いい感じで、なるはやで」——AIは職場の曖昧な日本語を終わらせるか
はじめに:あの一言に、困ったことはありませんか
「これ、いい感じで、なるはやでやっておいて」
一度は言われたことがあるのではないでしょうか。あるいは、言ったことがあるかもしれません。
言われた側は困ります。いい感じとは、どのくらいのことか。ざっと箇条書きでいいのか、それともきちんとした資料にすべきなのか。なるはやとは、今日中なのか、今週中なのか。聞き返せば「そのくらい察してよ」という空気が返ってきそうで、聞き返せない。結局、当てずっぽうで作って、あとから「そういうことじゃないんだよね」と怒られる。
さて、この場面に生成AIが入ってきたらどうなるでしょうか。
私はこの変化を日本語がゆっくり変わり始める小さな現場だと見ています。そして、それは職場が働きやすくなる話であると同時に、少し厄介な話でもあります。
なぜ、あの一言で仕事が回っていたのか
まず、「いい感じで、なるはやで」がなぜ成立していたのかを考えてみます。
この指示は、情報としては空っぽです。それでも仕事が回っていたのは、言葉の外側に支えがあったからです。上司と部下は同じ職場にいて、同じ会議に出て、この案件が誰のためのもので、いつまでに何が必要かをだいたい知っている。「いい感じ」は、これまでの上司との仕事でだいたい温度感はわかる。
これは日本語が曖昧という話ではありません。むしろ、事情を共有している相手には、事情を言い直さなくてよいという合理的な省エネです。同じ職場で長く働いた同士なら、「例のやつ、頼む」で本当に通じます。
そして、この省略には、もう一つの働きがあります。委ねるという働きです。「いい感じで」は、細かい判断を相手に預けるという意思表示でもあります。全部指定されるより、任せてもらえるほうが仕事がしやすいという場面は確かにあります。
AIはこの指示に困りません
ところが、AIにこの指示を投げると、事情が変わります。
AIは、あなたの職場を知りません。昨日の会議に出ていないし、この資料が誰に向けたものかも知らない。だから「いい感じでやっておいて」だけでは、頓珍漢なアウトプットが返ってくることがあります。
そこで人間の側が変化します。AIに頼むときには、自然と次のように書くようになる。「来週の役員会で使う資料です。A4一枚、要点は三つまで、コストの話を必ず入れてください」。前提を書き、条件を並べ、形式を指定する。
ここから、二つの道が分かれます。
一つは、明示化が上司自身に及ぶ道です。上司がAIに指示を出すために条件を言語化する習慣を身につけ、その習慣が部下への指示にも染み出す。「いい感じで」と言わなくなる。部下は救われ、手戻りは減る。悪い話ではありません。
もう一つは、曖昧さがAIに吸収される道です。上司は相変わらず「いい感じで」と言う。困った部下は、その一言をそのままAIに投げる。AIは困らないので、それらしいものを返してくる。部下はそれを整えて提出し、上司は「まあ、こんなもんか」と受け取る。
一見、後者のほうが平和です。誰も困っていない。しかし私は、こちらのほうがずっと気になります。
部下が困ることには、機能がありました
なぜ気になるのか。ここがこの記事の中心です。
「いい感じで」と言う上司が、明確なイメージを持っていて、それを言うのが面倒だから省略しているとは限りません。むしろ、多くの場合、上司自身も何がほしいのか、まだ決まっていないのではないでしょうか。「いい感じで」は、決まっていないことを決まっていないまま先に送るための言葉でもあります。
そうだとすると、部下が困って「いい感じというのは、どのくらいのイメージでしょうか」と聞き返すことには、大きな意味がありました。その問い返しが、上司に自分の考えを言語化させていたからです。聞かれて初めて「そうだな、役員会で使うから一枚でいいか」と気づく。部下の困惑は、上司の思考の不足を検知して、差し戻すセンサーとして働いていたわけです。
AIは、このセンサーを持っていません。曖昧な指示を投げれば、それらしい成果物が返ってくる。すると、上司が何も決めていなかったという事実は、最後まで表に出てきません。曖昧さが消えるのではなく、曖昧さが誰にも気づかれないまま処理される。
「困る人がいなくなること」は、たいてい良いことです。ただ、困っていた人が、実は組織の考えていない部分を見つけ出す役目を担っていたのだとすると、その人が困らなくなることは、その役目が失われることでもあります。ここは、注意して見ておく価値があると思います。
契約書はあえて曖昧に書くことがあります
もう一つ、曖昧さについて、弁護士としての実感を書いておきます。
契約書というのは、あらゆることを書き尽くした文書だと思われがちです。実際には違います。契約書には、意図的に曖昧なまま残されている条項がたくさんあります。
たとえば「本契約に定めのない事項については、当事者間で誠実に協議のうえ決定する」という一文。ほとんどの契約書の末尾にあります。これは何も決めていません。「遅滞なく通知する」も、何日以内とは書いていない。「善良な管理者の注意をもって管理する」も、具体的に何をすべきかは書いていない。
なぜ書き尽くさないのでしょうか。理由はいくつかあります。
第一に、将来に起きることを全部は書けないからです。何年も続く取引で、これから何が起きるかを列挙することはできません。想定していない事態が起きたときのために、「協議する」という受け皿を置いておくほうが実際的です。
第二に、書き尽くそうとすると、契約が成立しないことがあるからです。細部まで詰めようとすれば交渉は長引きます。決着しない論点にこだわった結果、取引そのものが流れてしまうことやコストが膨大になることもある。決めきれないところをあえて曖昧に残すことで、今日の合意が可能になるという場面は現実に存在します。
つまり、契約実務における曖昧さは、しばしば手抜きではなく技術です。決められないことを決めずに、それでも前へ進むための道具なのです。
もっとも、良いことばかりではありません。曖昧に残した条項は、関係が悪化したときに必ず争点になります。「誠実に協議する」の一文が、紛争を防いでくれるわけではありません。私の仕事は、むしろその曖昧さが原因で起きたもめごとを扱うことのほうが多いくらいです。どこを明確に書き、どこを委ねるかの見極めが実務の勘どころであり、これはケースによります。
「いい感じで、なるはやで」も、構造としては同じところがあります。悪い曖昧さもあれば、意味のある曖昧さもある。問題は曖昧さそのものではなく、それが技術として使われているのか、それとも考えていないことの隠れみのになっているのかなのだと思います。
職場の日本語はどう変わるのか
まず、作業を頼む言葉は、明示的な方向に動くのではないかと思います。AIに指示を出す習慣が広がれば、条件を並べて書くことへの抵抗は下がります。「なるはやで」が「明後日の正午まで」に置き換わっていくのは、おそらく良い変化です。
一方で、関係を調整する言葉は残るでしょう。断るとき、叱るとき、頼みにくいことを頼むとき。「ちょっと難しいですね」も「前向きに検討します」も、情報を伝えるための言葉ではなく、関係を壊さないための言葉です。この機能は、明示化に置き換えられません。
もし「いい感じで、なるはやで」が職場から消えるとしたら、それはAIが消したのではありません。AIは職場で働いていないし、締切に追われることも、上司に気を遣うこともありません。消したのは、AIに指示を出すために自分の考えを言葉にすることを覚えた私たち自身です。
言葉を変えているのは、いつも、その言葉を使って生活している側なのだと思います。
おわりに
「いい感じで、なるはやで」に困る世界は、たしかに終わりつつあるのかもしれません。AIが曖昧な指示を受け止めてくれるからです。
ただ、その終わり方には二通りあります。曖昧さが言語化されて消えるのか、それとも曖昧さがAIに吸収されて、誰にも気づかれないまま温存されるのか。前者なら職場は良くなりますが、後者だと、決めていない人が決めていないまま通ってしまう仕組みができあがります。
だから、もしあなたが「いい感じで、なるはやで」と言われたら、AIに投げる前に、一度だけ聞き返してみる価値はあると思います。それは面倒な確認作業ではなく、相手に考えてもらうための仕事です。
そして、もしあなたが「いい感じで」と言う側なら、AIに同じ指示を出してみるといいかもしれません。返ってきたものを見て「そういうことじゃないんだよな」と思ったなら、そのとき初めて、自分が何をほしかったのかが少しだけ分かるはずです。困っていたのは、実は部下だけではなかったのかもしれません。
