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神社仏閣参拝を続けていても、一向に願いが叶わないのはどうしてなのか

「なんであの人はお願いが通りやすいんだろう?」
「同じように神社仏閣にお参りしているのに、なぜか私は空振り気味…」

そんなこと、ありませんか。

私は以前から、霊能力というのは家系・遺伝・体質にかなり関係していると思っています。
いわゆる「努力で全部どうにかなる!」だけでは説明できないものが、やっぱりあるんですよね。

もちろん、鍛錬や信仰、在り方も大切です。
でもその前に、そもそもの“受信機”の性能が違う、みたいなことはある。

テレビでいえば、アンテナが立ってる人もいれば、なぜか山奥で砂嵐しか映らない人もいる。
本人は真面目にチャンネル回してるのに、画面はずっと「ザーーーー」。
……それ、人生でもたまに起こりますよね。

そんなふうに思っていたところ、私とかなり近い見解を持つお坊さんのお話を聞く機会がありまして、
「やっぱりそういうことか」と、妙に腑に落ちたのです。

神仏にお願いしたら、誰がそれを届けてくれるのか

一般的には、願掛けというとこんなイメージでしょう。

お願い事をする

神仏が動いてくれる

霊験としてあらわれる

これでも間違いではないと思います。
でもそのお坊さんによると、実際はもうひとつ大事な“中継地点”があるのだそうです。

お願い事をする

神仏が動いてくれる

ご先祖様がそれを本人に届ける

霊験としてあらわれる

これを聞いたとき、私は「はい、めちゃくちゃ納得です」と心の中で正座しました。

なぜなら、これまで見聞きしてきたことと、ものすごく符合するからです。


たとえば、神社仏閣への参拝を長く続けていても、なかなか人生が良くならない。
むしろ「え、参拝してるのに、なんでこんなに向かい風なの?」みたいな時期が続くことがある。

ところが、ご先祖供養を意識して始めた途端、流れが変わるという人が本当にいるんです。
停滞していたものが回り始めたり、重たかった空気がふっと軽くなったり、ご縁や仕事や健康面で変化が出たりする。

これって、もし霊験が
「神仏 → ご先祖様 → 本人」
というルートで届くのだとしたら、すごく自然なんですよね。

要するに、ご先祖様との回路が弱かったり、詰まっていたりすると、せっかくのご加護が届きにくい
宅配便にたとえるなら、発送は完了しているのに、配達拠点で止まってしまっているようなものです。

神仏は「発送しました」
でも本人は「え、まだ届いてませんけど?」
……ええええっ

ご先祖様が弱いと、霊験も弱くなるのかもしれない

ここで大切なのは、
「神仏の力が弱い」という話ではない、ということです。

そうではなくて、その力を受け取る側の系統、つまり家系的な霊的基盤がどれだけ整っているか
そこが大きいのではないか、ということです。

私は霊的なことというのは、わりと“個人戦”ではなく“家系戦”でもあると思っています。
自分一人の問題に見えても、実は背後に家の流れ、家系の癖、先祖代々の課題、積み重なった想念のようなものがある。

だから、本人がどれだけ頑張って祈っても、
どれだけ真面目に神社仏閣へ通っても、
見えないところで家系の土台がぐらついていたら、結果が安定しないことがあるのでしょう。

これは決して怖い話をしたいのではなくて、むしろ逆です。

土台を整えれば、流れは変わる。
そういうことなんですよね~。

運が悪い、ツイてない、何をやっても裏目。
そんなとき、「私の信心が足りないのかも」と自分を責める方もいますが、
いやいや、全部が自分のせいのわけないし。
そういう流れや不可抗力の場合もあると思うし。

もしかしたら必要なのは、
もっと根っこの部分――
ご先祖様への感謝や供養、かも。


願いが叶わないのは、実は“守られている”からかもしれない

ここから先は、私の少々浅はかな考えです。

もしかしたら、霊験が現れないケースには、こんなパターンもあるのではないでしょうか。

お願い事をする

神仏が動いてくれる

ご先祖様とご守護様が、本人のためを思ってストップをかける

霊験としてあらわれない

これ、あると思うんです。

私たちはつい、
「叶う=良いこと」
「叶わない=悪いこと」
と単純に思ってしまいがちです。

でも、霊的な世界って、そんなに短絡的ではない気がするんですよね。

本人は「今すぐこの願いを!」と思っていても、
ご先祖様やご守護様の視点から見たら、

「いや、今それ通したら、この子ちょっと調子に乗るぞ」
「今そこへ行くと、別の災いを拾う」
「それより先に学ぶことがある」

これだな、たぶん・・・・。

人間は目先を見ます。
つーか、目先のことしか目に入ってないから。
でも守護の存在は、少し先、あるいはもっと先まで見ている。

だから、願いが止められることがある。
それは意地悪ではなく、保留という名のご加護なのかもしれません。

子どもが夜中の3時に「ケーキ1ホール食べたい!」と言っても、親は止めるでしょう。
子どもから見たら理不尽です。
でも親からしたら「いや、明日の胃が終わるから」なわけだし。

霊的な守りも、ちょっとそれに似ているのかもしれません。

大きな霊験が出る人には、やはり“後ろの力”がある

逆に、こんな流れもあるでしょう。

お願い事をする

神仏が動いてくれる

ご先祖様の力が強く、ご守護様の力も強い

大きな霊験としてあらわれる

こういう方、実際にいらっしゃいます。
祈りが通りやすい。流れが変わるのが早い。
必要なときに必要なご縁が来る。
危ない場面で不思議と助かる。
なぜか守られている感じが強い。

もちろん、その人自身の徳や行い、信仰心もあるでしょう。
けれどそれだけではなく、
ご先祖や守護が強力、というのも、確実にあるように思います。

本人を一番よく知っているのは、
生きている他人ではなく、
見えない世界にいて、
ずっと見守ってきたご先祖様やご守護様かもしれません。

何を与えたらこの人が本当に伸びるのか。
何を止めたらこの人が守られるのか。
どのタイミングなら最善なのか。

そういう最終判断に深く関わっているのが、
私はご先祖様とご守護の存在ではないかと感じています。

つまり、神仏参拝はとても尊い。
でもそれを活かし、受け取り、現実に着地させるためには、
自分の背後にある霊的ネットワークが整っていることが大切なのです。

見えない世界も、案外チーム戦なんですよ。
神仏だけにお願いして、先祖チームを素通りするのは、
会社でいえば社長には直訴するのに、現場と総務をスルーしてる感じかもしれません。

だから、我々の願いが叶わないのは、
途中で書類がストップしているのかもしれませんね。

櫻庭先生もね、

ご先祖供養
そして
ご守護様への感謝と信頼

だと言ってますね~

崔先生も言ってました。

どちらも開運大魔王で事業で大成功されている方々です。

まず家系の流れに感謝し、
ご先祖様へ心を向け、
日々見守ってくださっているご守護様に手を合わせる。
その上で神仏に祈る。

この順番や土台が整うと、祈りはもっと自然に、もっと深く、もっと現実的に働き始めるのではないでしょうか。

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