見出し画像

闇 536(天皇陛下の旭日双光章編)

闇 536(天皇陛下の旭日双光章編)

2026/04/22 wed
※この作品は、因果律に業を加えた嘘偽りの無さを書いた小説です
前回の章


二千二十一年十一月十五日、月曜日友引。

大明飯店で茄子と豚の炒め定食を食べる。

2021/11/15 新大久保 大明飯店

今日は小西がいないのでインカジ『レディ』の遅番の面々は、伸び伸びと仕事をしていた。

「そういえば岩上さん、小西さんからワクチン二度目を打てって、強引に打たされたんですよね?」

倉敷が驚いた顔で声を掛けてくる。
確かあれは今月頭の事だ。
休みだったはずの倉敷が何故今になって、それを知ったのか?
あの時の様子を見ていた片屋敷が、今になって面白おかしく彼に伝えたのだろう。

額面通り捉え心境を言えば、それは愚痴であり名義社長の小西批判にもなる。
二人だけならまだいい。
お喋りで裏稼業で働く人間とは思えないタイプの片屋敷がいるのだ。
動揺に小西へ、面白おかしく密告する可能性があるかもしれない。

「ええ、三度目の心筋梗塞にならなくて、ホッとしてますよ」
「もうちょっと小西さんも、考えてほしいものですよね」

俺に同情的な倉敷。
だがここで会話に合わせて調子に乗るとは良くない。
話題を変えなければ。

「そういえば先日、入院した病院へ初めて定期健診行ってきたんですよ。そしたら受付のところにいた看護婦で、一人飛び切り可愛いのがいたんですよね。何で病院って、たまにああいう子がいるんだか不思議でしょうがないですよ」
「確かに看護婦って妙にエロいですよね」

よし、矛先が少し逸れた。
俺は心筋梗塞になる前の笑い話を披露する。

これは十月の入院前の話。
体調良くないので様々なマッサージや整体へ、二日に一度は行っていた。
どこ行っても身体の疲れや違和感が取れず、あそこは腕が良くないなあと思っていたが、考えてみれば心筋梗塞起こしていたか、その前兆だったので、今になってみたらマッサージや整体行って良くなる訳ないよなと思った。

「確かにそんな状況でマッサージ行っても、治る訳ないんですよね」
「まあ当時は心筋梗塞になっていたなんて、知らない状態でしたからね。今にしてみれば、本当にギャグですよ」

二人で会話が盛り上がっていると、片屋敷は鞄から任天堂スイッチを取り出し、倉敷へ話し掛けてくる。

「倉敷さん、家からスイッチ持って来たんで、暇だし一緒に遊びません?」
「え、スイッチ持ってきたんですか? まあ、いいですけど」

学生気分の抜けない片屋敷。
多分俺が責任者をしている店なら、舐めてんじゃねえぞと怒鳴りつけていただろう。

しかし、この店で俺は一番最後に入った下っ端従業員に過ぎない。
二人がゲームで盛り上がっているので、キャッシャー室を出てホールのソファーへ寝転がる。
小西が休みで、客がいない状況なら、このぐらいの事はみんな暗黙の了解でしていた。

ユーチューブを見ていると、昔懐かしの角川映画CM集という動画を発見。
当時の各映画テーマ曲を聴きながら、幼少時代を思い出す。

俺が物心着く前から学生時代全般に掛けて……。

家の目の前にはホームラン劇場という映画館があって、毎日映画に使われる曲が鳴り響いていた。
嫌でも聞こえてくる音楽。
受験勉強の時は、中々集中できなかったものだ。

これら、すべての映画が懐かしく思う。
これも五十歳という年月を掛けて生きてきたからの実感だろう。

映画館の人達に可愛がれ、毎日のように映画を見て育った幼少期。
特に目を掛けてくれた番頭の酒井さんを思い出す。

あれは風俗のガールズコレクションの時だから、二千四年頃か?

家を出ると、目の前の映画館ホームランに人が立っていた。
よく見ると幼い頃俺ら三兄弟を可愛がってくれた酒井さんだ。
よく二階の一番前の席に座らせてくれ、自腹でコーラとかアンパンとかご馳走してくれたっけなあ……。
「お久しぶりです」
目と鼻の先なのにあまり顔を合わせる機会がなかった俺は、思わず道路を飛び出して酒井さんの元へ向かう。
「おお、智ちゃんか~。おっきくなったなあ」
酒井さんは俺を見ると、目を細めながら喜んでくれる。
この辺お囃子の小林澄夫さんが俺に向ける眼差しと同じなんだろう。
「へへへ」
そういえば最後に映画館に行ったのなんていつ頃だろう?
一度も料金なんて取られずうんざりするぐらい同じ映画を観ていたせいか、社会人になって映画館に行くという習慣がまるでなかった。
確か高校時代、永井泉と別の映画館スカラ座に行ったのが最後かもしれないな……。
「今、どうしているんだい?」
「新宿で仕事をしてるんです」
正直に風俗店に関わっているなどとは言えなかった。
職業に貴賎はないなんて誰かが言っていたけど、あれは嘘だ。
恥ずかしいと思う自分がいる自体、貴賎がある証拠だ。
「本当に大きくなったよなあ」
逆に酒井さんはずいぶん年を取ったように見える。
髪の毛はほとんど白髪になっていた。
でも昔の面影はまるで変わらず温かいままだ。
「以前、ジャイアント馬場社長が健在だった頃の全日本プロレスに行きましたからね」
「おお、あの馬場のかあ」
「ええ、地獄でしたけどね。小さい時、よくジャッキーチェンの映画観たじゃないですか。酔拳とか蛇拳とか。本当に大好きで、もちろん今だって好きですけど、よく弟の徹也や貴彦とはカンフーごっこしたものです。それでジャッキーチェンの真似してトレーニングとかも真似できるものはやってみたんですよ。酒井さんの影響も凄い入っているんですよ」
「そうかそうか……」
「なかなか顔も出せずにすみませんでした」
「いいんだって。元気そうな顔が見れただけで」
そう言って酒井さんは微笑んでくれた。

「……」

できれば俺の書いた小説が原作になって、あのホームラン劇場で上映させる事ができたら、最高の恩返しになる。
そう思いながら、頑張って執筆をしてきたんだけどなあ……。

処女作を本にしただけで、酒井さんは亡くなり、映画館も閉館して今では三井病院があの場所を増築してしまった。

こんな口先だけの惨めな俺が未だ生き残り、一体まだ何の使命が残っているというのだろうか?


二千二十一年十一月十六日、火曜日先負。

仕事を終え睡眠を取るが、目を覚ますと夕方になっていた。
心筋梗塞になってから、妙に睡眠時間が増えたような気がする。

大明飯店はまだやっているかなと急いで行くと、日の暮れた街並みの中赤い看板の光が見えてホッとした。

2021/11/16 新大久保 大明飯店

野菜炒め定食と餃子を注文し、おじいさんに営業時間が変わったのか聞いてみる。

「先月まで四時だったでしょ? 今は八時まで延ばしたんだよ」
「じゃあ、これから俺が来れる確率も増えますね」
「そりゃあ嬉しいねえ」

「はい、お兄さん、野菜炒め定食ね。それとあと餃子」
「ありがとうございます」

まだ営業時間の変更が辺りの住民に知られていないのか、店内は俺一人だけ。

2021/11/16 新大久保 大明飯店

川越の実家にいた時よりも、温かいご飯を食べられている事に感謝をする。

こういった温もりを求めているくせに、何故俺は結婚相手を探さなかったんだろうな。
本当に馬鹿げた人生を送ってしまったものだ。

仕方ない…、俺には生涯背負わなければならない十字架があるのだから……。

忘れもしない、あれは二千四年の十二月十八日の土曜日……。

朝の五時に自然と目が覚める。
これから九時に百合子と愛和病院の産婦人科で会う。
愛し合っていたからこそできた愛の結晶。
それを消し去ってしまおうとしている。
そう考えると非常に心苦しい。今、彼女はどんな心境でいるのだろうか?
男には一生掛けても理解できないほどの辛さなのだろう。

「……」

本当に俺は業が深い……。

だから心筋梗塞になっても、死ぬ事すら許されなかったのかもしれない。
さて、今日もこれから仕事を頑張ってくるか。


二千二十一年十一月十七日、水曜日仏滅。

今日もまたいつものように大明飯店
キャベツと豚肉の味噌炒め定食とメニューには書いてあるが、回鍋肉の事だろう。
今回はこれを注文する。

2021/11/17 新大久保 大明飯店

新宿区大久保のちょっとした俺の居場所。
飯野君も、本当にいい店を教えてくれたものだ。

今日出れば、明日は休み。
特に予定も入れていないが、有意義に過ごしたいものだ。


二千二十一年十一月十八日、木曜日大安。

フェイスブックで五年前の今日の過去の思い出で、横浜から帰ってきたばかりの頃、念願のグリルトーゴーへ行った投稿が表示される。

今は無きグリルトーゴーの味噌焼きチキンが、もう無理なのは理解してるが、もう一度食べたい。

仕事を終え、昼まで睡眠を取ると、休みでいい機会だから、南大塚の従姉妹の家に行こうと思った。

何故ならこのずっと続くコロナ禍で、二千二十年十一月三日、天皇陛下からもらった勲章『旭日双光章』の記念パーティーをする予定が未だ延期された状態のままだったので、直接お祝いを持って行きたかったのだ。

前回実家に帰った際、岩上家に俺宛てで届いていた招待状。
延長につぐ延長で、パーティーが開催されずうちの親父もタイミングが悪いなあとガッカリしていたと言っていた従姉妹の和ちゃん。

俺が新宿クレッシェンドで文学賞を取った時、家族総出でお祝いまでしてくれた事を思い出す。

南大塚に住む親戚、親父の五人兄弟の長女である悦子伯母さんから連絡が来る。
試合前叔父さんに八万円借りたばかりなのでバツが悪いが出ると、遅くなったけど、俺が小説で賞を取ったお祝いをしていないからしたいという話だった。
南大塚は悦子伯母さんに叔父さん夫婦、そして俺の二つ上の長男和ちゃん、弟に圭という家族構成。
俺が二十歳前後、この和ちゃんには本当に世話になった。
ちょうど全日本プロレスへ行く前である。
元々坊主さんは和ちゃんの同級生であり、俺が暇を持て余し南大塚へ行った時に知り合った。

本家の実家と袂を分かつ形になってしまってから、十数年経つ。
すべて親父が岩上クリーニングの社長となり、内緒で籍を入れた加藤皐月がしゃしゃり出た結果が原因だった。

あれはまだ俺が岩上整体を開業する前…、SFCGにギリギリ所属していたぐらいだから、二千六年の話。

一族の親戚から委任状を書いてもらい、役員会議へ出席した俺。
親子よりも、従姉妹である南大塚の味方をした。

正しいのはこちら。
完全に私利私欲で間違っているのは親父や加藤皐月サイド。

あの一件が原因で、俺と親父は憎しみ合い骨肉の争いをしていた日々。

会議が完全に終わり、悦子叔母さんがこれから電車に乗って帰ると言っていたので、俺は「車で送ります」と言う。
会議で疲れ果てたのか顔色も優れないように見えた。
半ば強引に車の助手席へ乗せ、支店まで送っていく。
途中、俺は静かに言った。
「いいですか、悦子叔母さん。俺を始め、心情的には親父なんかより、みんな悦子叔母さんの味方なんです。それを忘れないで下さい」
すると悦子叔母さんは黙ったままハンカチを取り出し、目頭を押さえた。
今まで辛かったのだろう。
うちとは本当の意味で悦子叔母さんだけが身内である。
実の兄弟である親父から罵詈雑言を浴びせられ、家では代表で役員会議に行ってこいと言われている現実。
どのような悲しみなのかは俺には分からない。
しかし今までの辛さがその涙を物語っていた。
母親のいなかった俺ら三兄弟を幼い頃、茨城の海へ連れていってもらった思い出もある。
よく従兄弟である支店には泊まりに行った。
様々な恩が俺にはあった。
親父はどうでもいい。
それ以外の人が出来る限り笑顔でいられるような結末を迎えさせたい。

幼少の頃から、俺には大恩があった。

西武新宿駅まで歩き、本川越駅一つ手前の南大塚駅で降りる。
子供の頃から何度も行った線路沿いの道順を忘れるはずがない。
相変わらずこの駅周辺は寂れたままだなあ……。

そうだ、祝い金以外にも何かケーキでも持って行くか。
駅前を探索するも、ケーキ屋が見当たらない。
仕方なくオンボロのスーパー『まるなか』で、シュークリームやデザートなど四千円分買ってみた。
結構な分量になってしまったな……。

アポイントも取らず、数年ぶりに訪れた俺の姿を見て、みんな驚くも喜んでくれた。

「智ちゃん、今日はどうしたんだい? 随分久しぶりだね」
「叔父さんが天皇陛下から勲章をもらって、パーティーが伸び伸びになってしまっているんですよね?」

「そうなんだよ。このコロナで本当に参っちゃうよ」
「そこで、今日仕事が休みだったんで、お祝いに来ました。これを貰って下さい」

祝儀袋を手渡す。

「そんな気を使うなよ、智ちゃん。ほら、そんなところ立ってないで、中へ入りな」
「あ、叔父さん、あとこれデザート碌なものないけど、従業員たちへ配ってあげて下さい」
「悪いな、あとでみんなにあげておくよ、さ、上がりな」

数年ぶりに上がる従姉妹の家。
十九歳の頃、無職で何もしていなかった時期、俺はよくここへ遊びに来て、坊主さんと知り合い仲良くなったのだ。
つまりそれが無かったら、俺がパソコンを始める事もなかっただろうし、小説を書く事も到底あり得ない。

実家との一連の騒動で、岩上家と渡邊家はほぼ絶縁状態に等しいままだ。
唯一俺だけが昔と変わらずこうして普通にやり取りができる。

「おう、智。久しぶり」
「あ、和ちゃん久しぶり」

二つ上の従姉妹の和ちゃんとも、会うのはおじいちゃんとの葬儀の時以来か。
あの時は、和ちゃんの家に泊めてもらい、岩上整体の患者で良くしてくれた小料理屋『こしじ』へ行ったっけ。

「まだ新宿のドンキホーテの隣りのマンションにいるのか?」
「いつの話だよ。あの時の店はすぐ失敗して、人生を転がり落ちたよ」

横浜から新宿へ引っ越しをする際、手伝ってくれた和ちゃん。
あれが二千十四年のインカジ新宿クレッシェンドをやる前の話だから、様々な事が随分昔の事のように思えた。

「ほら、前におじいちゃんの葬儀のあと、俺がヤクザ者と揉めてぶっ飛ばした話を電話でしたでしょ?」
「あー、何か揉めていたなあ。もうヤクザとは大丈夫なのか?」

「結局金を払ってチャラさ。百十万」
「そりゃあ痛いなあ」

「その前の店の失敗なんて、三百万…、いや、従業員たちへの保障で立て替えた分とか入れたら、四百万円近く失ったよ」
「おまえも、本当に昔から人がいいというか、馬鹿というか、まったく変わらないな」

「だから南大塚も、岩上家とは断絶でも岩上智一郎個人とはこうして付き合えるんだろ?」
「まあな。うちの敷居を跨いでいいのは、本店だと智一郎だけだって親父も言っていたよ」

従姉妹の叔父さんが天皇陛下から勲章をもらう。
確かに鼻が高いし、誇りに思う。

しかし俺が今いる空間は、ただの裏稼業。
この事実を話したところで、信じてくれないか小馬鹿にされて終わりだろう。

「智ちゃん、天皇陛下からもらった賞状や勲章を見るかい?」

叔父さんが俺を呼ぶ。
旭日双光章という日本の勲章の一つで、『旭日章』というグループの中にあるようだ。
説明を聞いてもまるで分からない俺。

「え、この内閣総理大臣の菅義偉って、菅官房長官じゃないですか!」
「あはは、もう総理になった時の菅さんだけどね」

「叔父さん、オリンピック中止させるよう働き掛けて下さいよ!」
「智ちゃんは相変わらず面白いな。二回目の東京オリンピックは今年の七月二十三日から八月八日でとっくに終わったじゃないか」

本当に無知で馬鹿な質問をしてしまったものだ。
まだ冗談に取ってくれたから、少しだけ救われた気分になる。
過去の総理大臣の名前なんて、中曽根、田中角栄、消費税導入した情けの竹下に、あとは小泉、安倍とそのぐらいしか分からないや。
話題を変えよう。

2020/11/03 従姉妹の叔父さんの貰った賞状 旭日双光章

「おじいちゃんが生前何回か天皇陛下から勲章をもらったじゃないですか? あれって叔父さんのと一緒なんですか?」
「ああ、会長が生前もらったのは、勲五等瑞宝章で基準がちょっと違うんだよ」

いい機会だからちゃんと聞いてみるか。

「おじいちゃんのは瑞宝章でしたっけ?」
「ああ、平成の最初の頃のだろ? あれは国や公共に対して、長年にわたり公務に精励した人に贈られるんだ。永年勤続や地道な貢献を重視する勲章で、教育、医療、福祉、公務とか会長は色々な分野で長く尽くしたからもらったんだよ」

1992/04/04 祖父岩上甲子郎 勲五等瑞宝章賞状

「叔父さんのは?」
「俺の旭日双光章は、国家や社会に対して顕著な功績を挙げた人に贈られるみたい。功績を重視する勲章で、社会的な影響力の大きさや、卓越した活動が評価される傾向にあると説明されたな」

違いが全然理解できない。
長年の公務への感謝か、社会への功績かというカテゴリ―分けでいいのかな?

それに身内が、裏稼業で働いている人間がいても大丈夫なのか?
まあただのインカジや過去はゲーム屋だから、そんな問題ではないのかな?

叔父さんの前ではとりあえず黙っておこう……。

「あ、そういえば俺が小学生の頃、おじいちゃんとおばあちゃんが写っている写真あるじゃないですか。あれは何なんですか?」

俺は撮っておいた画像を携帯で見せる。

1981/04/29 祖父岩上甲子郎 藍綬褒章

「ああ、懐かしい写真だな。まだ叔父さんが本店にいた頃の昭和時代だから、智ちゃんが小学生で小さかった頃か。この時は藍綬褒章と言って、前の二つの勲章とはまた別のものなんだ」
「叔父さん…、頭がこんがらがるから、分かり易くお願いします」

「藍綬褒章は、公益の為に公的な活動…、社会福祉や公共の利益などに尽力し、顕著な成績を挙げた個人や団体に授与される勲章なんだ。つまり社会貢献において非常に立派な功績を残されたことの証だね」

おじいちゃんの葬儀に飾ってあった時の写真を見せる。

「これがその時のって事ですか?」

1981/04/29 祖父岩上甲子郎 藍綬褒章

「そうそう。昭和五十六年だから、智ちゃん小学生だったろ?」
「全然この当時の事は覚えていないですけどね」

誰が見ても立派な経歴の数々。
それに引き換え、同じ血を持つ俺は、何でこんな風になってしまったんだ?
すべては俺自身の選択と行動か……。

「賞状だけでなく、天皇陛下からもらった勲章も見てみるかい?」
「いいんですか? 是非見たいですね」

叔父さんは旭日双光章の勲章が入った入れ物ごと手渡してくる。

2020/11/03 従姉妹の叔父さんの貰った賞状 旭日双光章

「ほら、開けて見てみなよ」
「手垢がつきますよ?」
「馬鹿言ってないで早く見な」

2020/11/03 従姉妹の叔父さんの貰った賞状 旭日双光章

箱を開けると、中には金色の勲章が眩く見える。
あれ?
上の緑の葉みたいな家紋って、俺が卒業した中央小学校のと同じなんじゃないか?
聞いてみたいけど、多分馬鹿なのを暴露するだけになるだけだから、我慢しよう……。

「智、おまえ、今日はどうすんだ? 配達行くから、川越まで行くんじゃ途中まで乗せてってやるぞ」
「うーん、今日の内に新宿へ帰ろうかな。じゃあ本川越のほうまで送ってもらえる、和ちゃん」
「ああ、いいよ」

数年ぶりに南大塚の家の来訪。
今日は来てみて本当に良かったと思う。
それで今の生活が何か変わる訳ではないけど、一族の誇りを見てあまり腐っていられないなと感じた。

「ねえ、和ちゃん。腹減ったからどこかで食べていこうよ。ご馳走するからさ」
「悪いけど、配達で時間無いんだよ。今度な」

本川越駅で車を降ろされ、このまま帰るのも何だし、立門前通りの呑龍へ寄る。
辺りが薄暗くなっていた。
時刻を確認すると、もう少しで六時になろうとしている。
結構な時間、南大塚にいたんだな。

2021/11/18 川越立門前通り 呑龍

呑龍といえば、譲れないのがしょうが焼き定食両方大盛り。

2021/11/18 川越立門前通り 呑龍

今日はこれにて新宿へ帰り、ゆっくり過ごそう。


二千二十一年十一月十九日、金曜日赤口。

アスクルームで目を覚ますと、朝の八時だった。
今日もよく寝たものだ。

フェイスブックで、亡くなった税理士の大野和道さんの誕生日だった事が分かる。
あの人、アカウント二つあるんだよなあ……。

『大野さん、誕生日おめでとうございます! 岩上智一郎』

それでも俺は大野さんの二つに、誕生日の祝福コメントを送った。
誰も見る事のないであろうコメントを。

ベランダへ行き、セブンスターに火をつける。
新大久保駅のホームで電車待ちする人々を眺めつつ、ゆっくり煙を吐き出した。

さて、天使の囀り声を聴きにでも行くか。
駅前のシュベールへ行き、階段を駆け上がる。

2021/11/19 新大久保 シュベール

入口のドアを開けると、琴美の姿が見える。

「いらっしゃいませー、お好きなお席へお掛け下さいませ」

本当にいつ聞いても痺れるほどの美声だ。
身体中の細胞が歓喜の声を上げた。
俺は窓際の四人掛けテーブルへ腰掛け、モーニングでBLTサンドを注文する。

2021/11/19 新大久保 シュベール

夜の出勤時間まで特に何もする事がないので、喫茶店での優雅な時間を楽しむ。

ランチタイムになり、客で込み合うシュベール。
三人連れの客が来てテーブルが空いてなかったので、席を譲ると店長に伝えカウンター席へ移る。
ついでにランチの日替わりのアサリのクリームパスタを頼んだ。

2021/11/19 新大久保 シュベール

今日は亡くなってしまったけど大野さんの誕生日。
ちょうど俺と十歳年の離れた彼は、生きていれば今日で還暦を迎えた日でもある。
何かね、未だ寂しいっすよ、大野さん……。

「お客様、先ほどはお気遣い頂きありがとうございました。良かったら、こちらサービスしますので、お飲み下さい」

目の前に置かれたホットコーヒー。
見上げると、シュベールの店長が先ほど他の客へ席を譲った事のお礼で出してくれたようだ。

「え、そんな……」
「いつもお越し頂きありがとうございます。ゆっくりしてって下さい」

「ありがとうございます。頂きます」

大明飯店に、シュベール……。

ここの店長にちょっとした気遣いに感謝をしつつ、コーヒーを飲む。
少しずつ自分の居場所が増えて行くような感じがした。

夜食はいつものように大明飯店で酢豚定食を注文。

2021/11/19 新大久保 大明飯店

この投稿に対し、また中学同級生軍団からコメントが入る。

『今日、医者行ったら中性脂肪上がりまくってた。魚と野菜に切り替える。 篠崎一茂

『篠ヤンもこれからはマグる事が必要になったね。 岩上智一郎』

ここから先は

1,469字 / 5画像

メンバーシップ ¥ 100 /月

闇シリーズを守る為。内容やアイデアだけパクられるのを防ぐ為。

闇シリーズ(メンバーシップ)

募集終了

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?