闇 528(死へのカウントダウン開始編)
闇 528(死へのカウントダウン開始編)

2026/04/16 thu
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章

二千二十一年九月十五日、水曜日仏滅。
五十歳になったところで何一つ変わらない日常。
コロナ禍も何も変わらない。
九月に入っても緊急事態宣言は延長され、飲食店への時短要請が継続。
協力金目当ての自粛圧力、酒類提供制限、客足の激減。
もう世の中は元に戻らないのだろうかという絶望に満ちた感覚すらしている。
四十代の頃は、自分個人に降り掛かるだけの地獄だった。
それが今や世界中が地獄へ片足を突っ込んでいるように見えた。
昭和、平成、令和と年号が変わる度、人情は比例するように無くなり、格差も広がっていく。
幼かった頃は立派な人に見えた政治家や学校の先生。
それが今の立ち位置から見ると、何て滑稽なものなのだろうか。
人生に失敗した俺が、捻くれた目線から見ているせい?
負け犬の遠吠えに近いが、それだけではないおかしか事が多過ぎる現実。
もう自分一人の力では、何一つ現状など変えられやしない……。
今の俺にできる事は、喫茶店『ラ・ムー』へ行き、好きなものを注文して食事をする程度。

懲りずにまたハンバーグを注文。

来る度頼む俺をもう店員も、笑わなくなった。
二千二十一年九月十六日、木曜日大安。
思えば四十代は停滞、失敗の期間だった。
おかげで自身がいかに愚かで騙されやすいか非常に実感した。
二十代は身体を必死に作り、三十代は様々な飛躍があった。
でもそれらに俺自身、何かしらの奢りがあったのだろう。
もう五十代になったのだから、今までのような流れの中へ自分を置いてはいけない。
これまでの経験を活かしつつ、いかに自身を昇華できるか。
俺はたくさんの人に助けられ運良く生きてきた。
でも何も恩返しできていない。
このまま年を取ったからと、そんな風に衰退していくわけにもいかない。
充分四十代で充電、休養しただろ?
休養?
違うだろ……。
地獄へ何度も落ちただけ。
頑丈だから死ねなかっただけ。
それでもまだ俺は現実に生きているのだから、それを踏まえ、まだまだ悪足掻きしていこうと思う。
世間知らずの二十代。
まぐれで快進撃の三十代。
地獄を彷徨う四十代。
さて、五十代は一体何が待ち受けているのだろうか?
二千二十一年九月十七日、金曜日赤口。
インターネットで検索したところ、新宿で一番美味しいカレーと言われるスパイシーカレー半月。
職安通りの大ガードを潜って、小滝橋通りの手前の小道を入ったところにあるのか。
仕事を終え、一旦寝てから早速行ってみる事にした。

同じ新宿でも職安通りの大ガードを潜ると、歌舞伎町に比べると打って変わって寂れた感じの景色になる。
西武新宿線を背にして、右手が大久保百人町、左手が西新宿へ繋がるオフィス街への方向。
小滝橋通り沿いから思ったら、一本手前の路地へ入ってすぐのところにあった。

二種盛りのチキンカレーとイカ軟骨キーマカレーを注文してみる。

サフランライスが棒のように縦型に盛り付けられ、左右に別々のカレー。
あっさりした感じではあるが、中々美味しい。
そういえば大明飯店のカレーライスを食べようと思いつつ、中々食べる機会がないな。
これもコロナの緊急事態宣言で、飲食店を時間制限させるからおかしな事になるのだ。
まあ愚痴ったところで何も変わらない。
結局のところ、民主主義とは名ばかりの日本になってしまったのだから。
二千二十一年九月二十日、月曜日先負、敬老の日、彼岸。
開いている店、休業している店がバラバラで、歩きながら食べるところを探す日々。
大明飯店がやっていないので、大久保駅南口方面へ歩き、ガードを潜る手前の左手へ曲ってみる。
職安通りへ出る手前に、大久保カフェという店を発見。
まるで駄菓子屋をそのまま飲食店にしたような質素な造りである。

入口にある看板を見た所、カレー、ハンバーグ、パスタと洋食系の王道メニューが書いてあった。

店内は誰も客がいない状況で、東南アジア系の外国人店員が暇そうにしている。
ハンバーグを頼んで美味しかったら、パスタも頼んでみようかな。
「すみません、Bのハンバーグを……」
「今無い」
「……。じゃあ、Cセットのパスタは……」
「無い。今カレーだけ」
「じゃあ、カレーで……」
だったら表に堂々とメニューなんて出しておくなよなと思いつつ、席へ座る。

カレー以外注文できなかったのが残念。
「あ、あとドリンクももらえます? アイスコーヒーを」
何て言ったらいいのだろうか。
別に敬語を使わないから気に食わないのではない。
接客態度はまるで無く、こちらがオーダーをしているのに返事すらしないのは言葉の壁などでなく、もはや個人の怠慢に過ぎない。
変な店に入ってしまったなあと少し後悔。
味はまあごく普通。
メニューにカレー七百円、ドリンク百円と表記してあったので、千円札を渡すとお礼もなく店員は黙っている。
「あれ? お釣りは?」
「……」
「ねえ、カレーとドリンクで八百円じゃないの?」
「千円ちょうど」
「……」
コイツ、張っ倒してやろうか?
異国の地からわざわざ日本に来て、そんなやる気ないのなら、とっとと自分の国へ帰れ。
見たところ、この変な外国人しか店内にはいないので、責任者も何もない。
それに二百円で文句言うのも面倒だったので、無言で店を立ち去った。
会計千円ちょうどって、ただのプチボッタクリじゃん。
次はもう二度と来る事がない店に決定。
別に外国人が増えるのは構わないが、こういう事すらちゃんとできない奴は、日本から追い出さなきゃ駄目だろう。
二千二十一年九月二十一日、火曜日仏滅。
嫌でも思い出してしまう節目。
ジャンボ鶴田師匠が亡くなり、総合格闘技の試合へ出た当時二十九歳の俺。
今日で、あれからもう二十一年も経ってしまったのか……。
コンディションは万全。
身体能力が一番優れていたこの頃。
試合前夜、真夜中に加藤皐月が家に勝手に上がり込み、「あなたのお父さんに捨てられちゃう」と大騒ぎしたのは、未だ鮮明に覚えている。
お陰で俺は徹夜で試合に出場する羽目になり、それでも相手を圧倒的に組み伏せるような戦い方をできるほど余裕があった。
礼儀正しかった対戦相手に対し、打突はおろか打撃さえ封印して試合をした俺。
二度の総合格闘技の試合で、本気で戦った事がなかった。
打突…、あれほど極端に右の親指を鍛えたのに、未だ人間相手に一度も使用した事のない必殺技……。
結局このまま一度も使う事がないまま生涯を終えそうだな。
一回ぐらい本気で戦えばよかったと、五十歳にして思う俺は頭がおかしい。
キャッシャー室内では、相変わらず小西と片屋敷が仲のいい親子のように会話が弾み、俺は常に一人で携帯電話を眺めながら待機している。
孤独に近い時間潰しは、時が経つのも遅く感じた。
店内のタバコの在庫をチェックして、コンビニへファックスとドリンクの買い物をしに行く。
朝の六時前というのに、だらしなく道路へ寝そべってゴロゴロしている若者たち。
店の営業妨害になっている事すら分からない低能な連中。
自動ドアの前でも構わず立ち話をする奴には、さすがに「どけよ!」と乱暴に怒鳴りつけた。
買い物を終え、店に戻るとトイレやおしぼりのウォーマーをチェックする。
「……」
人が買い物に行っているんだから、話ばかりしていないでおしぼりを詰めるぐらいすればいいものを……。
トイレ掃除を掃除していると、ホールに小西が出てきてウォーマーを開けている。
「あ、岩上さん! 駄目だよ! おしぼりは上の段に前のを入れないと乾いちゃうからさ。ちゃんとやってよ」
「すみません……」
ただおしぼりを詰めた俺も悪いが、ほとんど空の段階で何故何もしないくせに、人がやったあと嫌味なように確認をするのだろうか?
やはり小西は、色々と性格に問題がありそうだ。
でも俺はどんな状況下においても、ひたすら我慢しなければならない。
この仕事を失う訳にはいかないのだから。
時間になるとアスクルームへ帰るだけの生活。
今日は無理して昼間で起きっ放しで、久しぶりの大明飯店へ向かう。
茄子と豚肉の炒め定食に餃子を注文してから、またカレーライスにするのを忘れていた事に気付く。

緊急事態宣言の制限中で、夕方四時には終わりになってしまうから、中々来れない大明飯店。
「本当にコロナには参っちゃうよねえ」
店のおばあさんも、困った表情で俺に愚痴をこぼしていた。
二千二十一年九月二十二日、水曜日大安。
店のスタッフは、俺と星野を残し、全員がコロナワクチン一回目を打っていた。
早く行かなきゃ駄目だと小西から強要される。
今日を逃がしたら平日は最後。
夜も仕事だが、今日は四時間残業だったので、仕事の終わりは昼の十一時まで。
そのまま川越へ行ってくるか。
西武新宿駅へ向かう。
まずは市役所区へ行き、現在の住所がどうなっているかの確認へ。
職員に自分の給付金やワクチン接種券が来ない状況を伝え、ま調べてもらった。
すると二千十六年の九月の時点で、川越の住所が抜かれていると説明される。
「え? どういう事です?」
「いえ、岩上さん…、失礼ですが、現在はどちらのご住所へお住まいでしょうか?」
「はあ? 川越の松江町ですよ?」
「それが先ほど言ったように二千十六年の九月で、そのご住所は川越市役所で抜いているんですよね……」
「じゃあ、俺はどこの住所になっているんですか?」
「現時点では、住民票を抜いた状態のままになっていますね」
つまり現時点での俺は住所不明扱いになっていたのだ。
五年間もの期間を。
それは色々と届かないはずだ。
二千十六年……。
今から五年前に俺は何かしたか?
思い出せ……。
「あっ!」
あの忌々しい記憶が蘇ってくる。
二俣川の戸田……。
俺が殺したいほど憎悪を抱いた糞野郎。
当時のやり取りが湯水のように脳内で湧き出てきた。
大まかな一つの流れが決まる。
俺は戸田を頼る形で旭総建工業へ残る選択肢をした事。
九月一杯まで休みをもらい、一旦川越で失ったものの手続きをする事。
睦町のレオパレスのマンションはすぐ出るのは不可能なので、戸田が二俣川周辺で住むところを探し契約するまでここから仕事は通う事。
「それで岩上さん、今月の間にですね…。せっかく地元の川越へ戻るんですから、住民票も抜いてこちらへお願いしたいんですよ」
俺が新宿にいても横浜にいても住民票を川越へ置いたままの理由。
それは地元の先輩であり現県会議員の中野英幸が再び出馬した時、俺の一票をあげたいからというもの。
わざわざ出馬する際、俺を呼びだし報告までして筋を通してくれた英幸さん。
その理由を戸田へ伝える。
「岩上さん…、本腰入れて仕事をやるんですよね? 何を眠たい事を言っているんですか」と一蹴された。
眠たくも何でもない。
義理人情の話をしたつもりだが、戸田にその手は通じないようだ。
しかしこれからの雇い主であり、物件を探してもらう恩もある。
「でも戸田さん、川越で住民票抜いても、まだ二俣川の住み家が決まっていないんですよね?」
「だから決まったらこっちで住民票を入れればいいだけでしょ」
「じゃあ川越戻った時に市役所で、住民票を移す準備だけしておけばいいと言う訳ですね?」
「子供じゃないんだから、いちいち聞かないでそんなの自分で考えて下さい」
「……」
選択を間違えたか……。
どうもこの戸田の卑怯な言い回し方が好きになれなかった。
何をやらせるにしても、すべて俺の口から言わせる性格。
最終的な責任を自分では取りたくないからであろう判断。
辞めると言うのに辞めさせず、じゃあどうしたらいいか聞くと自分で考えろ。
住民票も向こうの住所が決まる前から抜けと言うくせに、そのあとの事を聞くと自分で考えろ。
「……」
そうだ!
俺は戸田の糞野郎のせいで、あの時市役所でとりあえず住所だけ抜いたのだ。
だから今まで国からの書類は何一つこなかったのだ。
本当にあの男、とんでもない事を簡単に抜かしてくれたものだ。
一ヶ月半で給料を一万五千円しか寄越さず、あんな山道のところのボロいアパートを用意して仕事もまばらにしかなく、兵糧攻めにしやがったくせに……。
あの時自殺しようと保土ヶ谷バイパスの陸橋で、鉄柵へ足を掛けた過去の苦々しい思い出。
命を奪おうとしただけでなく、このせいで俺は給付金の十万をもらい損ね、挙句の果てにはコロナワクチンまで無視されていたのだ。
あの二俣川の怨念が、五年経った今でもまだ悪影響を及ぼしていたなんて思いもよらなかった。
いつか目にものを見せてくれてやりたい。
だが、今の俺に何の力がある?
歯痒さと悔しさが、身体に同居する。
とりあえず住所を川越の実家へ戻し、宙ぶらりんの住所不定ではなくなった。
後日、コロナワクチン接種券を発送するようなので、親父にでも確認をあとですればいいか。
この日、ほとんど睡眠を取れない状態のまま、レディへ出勤した。
二千二十一年九月二十三日、木曜日赤口、秋分の日、秋分。
大久保通り沿いにあるラーメン花月嵐。
この店の黄金の味噌ラーメンは好きだったが、以前付き合った百合子と川越の花月嵐へよく行った時の事を思い出してしまうので、中々行けずにいた。
俺は、いつまで過去を引きずるつもりなのか。
あれは二千五年や二千六年の時の話。
ステージから降りた俺は、百合子や娘の里帆たちの事など、振り返る資格すらないのだ。
忘れていたつもりだったんだけどなあ……。
今さら思い出してどうする?
よりを戻したい訳ではない。
十数年ぶりに入ろう、花月嵐へ。
券売機には変わらず黄金の味噌ラーメンがあったので、餃子とライスのセットもつけて購入。

そうそう、この濃厚なスープが好きだったんだ。
「……」
駄目だ…、これだけ時間が経っても思い出してしまう。
失った過去は、二度と取り戻せない。
あの時背負った重い十字架は、これからも背負い続けなければいけないのだ。
もうあんな思いは二度としたくなかった。
生きながらにして永遠に罪人な俺。
百合子との間にできた子供を中絶させてしまった過去。
忘れてはいけない過去の愚行。
俺は、もうこれからの選択をできるだけ間違えないよう気をつけながら、前に進むしか道はないのだ。
二千二十一年九月二十四日、金曜日先勝。
睡眠時間をずらし、大明飯店へ行くよう心掛ける。
今日はウインナーの玉子炒め定食と餃子。

「お兄さん、本当によく来てくれるね。いつもありがとね」
「お兄さんって、俺はもう五十歳ですよ」
「何言ってんの。まだまだ若いじゃない。これからだよ」
確かにおばあさんの言う通り、歳を取ったと弱音を吐くにはまだ早過ぎるか。
俺の場合、一旦落ち込みマイナス思考になると、とことん深淵まで行ってしまう悪い癖がある。
少しは前向きに生きないといけないな。
夕方親父から連絡があり、コロナワクチン接種券が、家に届いたらしい。
今日出勤したら、日帰りで取りに行くか。
二千二十一年九月二十五日、土曜日友引。
残業を終えると、帰り道猛烈に腹が減っていたので西武新宿駅前の牛カツのあおなへ入る。

何だかんだで久しぶりになる。
ふと気が付いた事があった。
そうだ、コロナワクチンのチケットを取りに行くんだった。
電車の中で寝ながら行けばいいか……。
一時間ほど寝ながら目を覚ますと本川越駅に到着。
実家へ行き、最初に接種券を受け取る。
せっかくなので、ヤスのカガヤカフェでコーヒーとジントニックを飲む。

そのまま新宿へ帰ろうとしたら、フェイスブックを見た篠崎から一緒に飲まないかと連絡が来る。
せっかくの誘いなので、クレアモールの天下鶏へ連れて行く。

オーナーの田辺とも久しぶりに話せ、楽しい時間を過ごす。

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