見出し画像

「いつかまた会えるかな」



ドキドキして待った放送がある

昨夜、2026年3月31日、私はとてもドキドキしながら正座で布団の上に座り、ラジオの始まりを待っていた。
こんなにドキドキして放送開始を待つのは、久しぶりで、実はこれまでにも何回かあって。

1つは、2021年5月の結婚発表のあとの放送。何を話すのか、むしろ話さずに進行してもいいのにな…プライベートなことだし…いやでもまさか奥様コメントある?!と思っていたら、まさかの当時のディレクター野上くん登場で横転。しかし野上Dを巻き込みつつも、しっかりお答えされていて素晴らしい回だった。そして忘れてはならないのが、この放送で披露された、「不思議」の前の寺坂さんの前口上。

星野源さん、本当によかった。星野源のオールナイトニッポンが産声をあげ、5年と2ヶ月あまり…、ちょっとまってください。オープニングの「ビタースウィート・サンバ」とともに、いつかこういううれしいお話をされる日がくると思ってはいましたが、まさかそれがきょうになるとは…すみません。喜ばしい知らせに、当初は驚きつつも、じわじわとうれしさが沸き立ち、感動し、自然と涙を流しておりました。私だけではありません、ディレクター野上くん、サブ作家の宮森くん、AD落合くん、ミキサー大沢さん、玄ちゃん、そしてなによりもリスナーのみなさん。みんなが喜び、感動いたしました。思えば、星野さんはいつも撮影や曲作りで、ヘトヘトに疲れても、リスナーのメールに励まされ、2時間後は元気を出して、有楽町を笑顔で去っていかれました。しかし、時にはそのレベルをこえ、正直に言いますと、つらそうだなと思った時期もありました。エッセイ『いのちの車窓から』でも記された、心が苦しくなって、夜の晴海ふ頭をひとりで眺められたお話は、なんとか星野さんを助けてあげたいものだ、私たちもリスナーのみなさんもそう思ったと思います。しかし、これからの人生は違いますね。ひとりではなく、2人になるのです。その苦しみは半分に、喜びは2倍になるのではないでしょうか。どんなこともパートナーと2人で考え乗り越えていかれるのだ。私たちはそのことが何よりもうれしいと思っております。さぁ、みなさんもきっとひとりではなく、だれか分かち合う存在がいます。今夜はその人を思い浮かべながらお聞きください。星野源さんで「不思議」

2021.05.25 星野源のオールナイトニッポン

今でも録音したものを聞き返すと、グッときてしまう。最高の前口上だ。

そして、デマや紅白での「地獄でなぜ悪い」の騒動のあとの放送。仕事とは言え、おそらくこんなつらいであろう時にも、公共の電波で話さなければならないのか?と勝手ながら心を痛めて聴き始めた夜。
名だたるレジェンドリスナーたちが「源さんを笑わせようぜ」という気概で溢れていたことが印象に残っています。タク・ヨシムラさんのあのジングルは、毎年お正月の挨拶の時に思い出す、最高傑作でした(笑)

能登半島地震が起きた日、急遽生放送へと変更してくださいましたね。何も出来ない自分にもどかしさを感じつつ、このラジオはどう展開していくんだろう…とあの日もドキドキしていました。「一緒に不安になりましょう」から始まったおかげで、ドキドキは吹き飛んでいて。

そして今日。今夜のドキドキは、火曜深夜の定期集会みたいなこの時間を、1秒も無駄にしたくないという気概からのドキドキ。
3月31日という、3月の最後の日に火曜日だったこと、能登半島地震の日も火曜日だったこと、偶然だろうけど、なんだか必然にも思えてしまう。

そして、私が勝手にドキドキしていたこの放送たち、どれも杞憂だったんだよなぁ。

ニセ明のオールナイトニッポン

そしてこの番組を語る上で、外せないのが「ニセ明のオールナイトニッポン」
最終回を前にニセさんに送ったメールをそのまま残しますね。


大嫌いな雨の日に、ほんのちょっとだけ笑えたのは、ニセさんのWEATHER FORCASTがあったから。「あぁ、ニセさんが"断続的Rain"て言ってたな」って笑えるの。それに昨日の「レインレッグス(雨足)が強まる」が加わったことは言うまでもない。

ニセさん本当にありがとう…。

リスナーとしての私

(ただの自分語りっぽくなったので、苦手な方は飛ばしてね 笑)

自分が送ったメールが採用されると嬉しい。
定期的にメールを送るなんてことは想像も出来なくて(リアルタイムでは聞いていなかったので)。ライブの感想は送ったことあったけど、採用なんて夢のまた夢で。
1年くらい聴き始めてから、収録回で事前にテーマメールの募集があったので送ってみようと思い、2回目か3回目のメールをした。そして、他の人がどんなメールしてるんだろうと思って、リアルタイムで聴くために、初めて深夜に起きた。メールを送ると、いつもと違った気持ちでラジオ聴けるんだな…初めての気持ちになった。そして、初採用。源さんの口から聴こえる自分のラジオネーム、興奮した。

それからというもの、リアタイしつつ、いくつかメールを送るが、年に1回程度の採用で2020年、2021年、2022年と過ぎていった。ラジオネームも定まらず…というか自分で納得いくものが思いつかず、いくつか転々としていた頃。

そして2023年が始まり、ラジオネームを「圧焼きたまご」で定めた。最初にこの名前で採用された時、源さんの「圧」の部分の読み方に少し面白みを感じたからである。名前で圧を与えてみよう、そんな願いも込めたので、もしかしてこれは成功かもしれない、そう思った。そして、なぜか採用率がグンと上がった。もちろん、送る数も増えたこともあるけど、それまでの3年は年に1本だったのに、2023年は9本になった。

そうなると、調子に乗ってくる。日常生活の中でも「これメールしたらどんな反応するかな?」と思うことが増えたし、色んなラジオを聞くようになって、他のラジオから源さんの名前が聞こえてきたら嬉しくなった。そしてそれを伝えたくなった。楽曲や出演番組の感想は必ず送った。あーでもないこーでもないと文章を推敲する時間も楽しくて、少し寝かせてまた見返したり、瞬発的に送ったりしたけど、結構文章力鍛えられたと思うんだけど、どうですか源さん。

これはね、今だから言うけれども…
一時期、若者のメールの採用多いな?と勘違いだろうけど思った時期があって。年齢だけはどうにもならないけど、10代の採用多い!どうしよう!と考えて「2回目の18歳」と書いて送った(笑)合法的に10代を名乗れる!と我ながら名案と思ったら、源さんも「あぁ、いいですね。2回目の18歳、セカンドシーズン」と微笑んでくれた。誕生日まで2回目の18歳を名乗り続けた(2ヶ月で名乗れなくなった)

もう1つが、ラジオネーム。
SNSで、「同じ人ばっかり採用されて、自分のメールは読まれない」というポストもちょいちょい見かけており、以前私も同じことを思っていたので、送るのを止めようかとも思った。私の名前なんて聴きたくない人もいるだろうし…と無駄ネガティブ発動してしまってね。今考えたら本当に無駄な思考だなと思うけど(笑)
思いついたのがラジオネームを変えて送ること。感想とか声は届けたいけど、圧焼きたまごの名前は聞かなくて済む方法ってことだ。

それでも採用してくださり、「名前違っても採用されるのすごい」とお友達に言って貰えたことで、ネームバリューじゃない、文章で選んでくれているんだ、と少し自信になった。
そして、やっぱり圧焼きたまごで読まれたくて、すぐ元に戻して送った。結構単純。

直近2年はこんな感じで捻くれまくっていたけど、ジングルなんてものを送ってみようと思えたのも、この番組のリスナーさんたちが温かいおかげだし、奇跡的に採用された2回は、2回とも最優秀ジングルに選んでもらえて、シンねぶり棒を自力でGETした。

自力で…というのは、私自身で送ったメールに「ねぶり棒です!」と言われたことがないから。運良く「23名にねぶり棒」とか「読まれた人全員に」の回に当たっていただいた物のみで。
贅沢なことではあるが、「ねぶり棒です」と言われたかった…。笑える、だけじゃなくて文才にもねぶり棒くれるから、頑張って送ろう!って思えたんだよね。笑いはとれないけど。

しかし昨日の最終回、

「送ってくれたメールで星野源は出来ている。人ってそこにいるだけで、とかすれ違っただけでとか会って話しただけで、その人の人生に影響を与えるんですよ。」
「このメール、今までのメールも、一通でも違うのを読んでいたらとか、読まなかったら全く違う自分になっていたんですよ。」
「読まれなかった人も、その分、そのメールがなかったら違うメールを採用していた可能性ある。だから、全ての影響がありますということをお伝えしておきたい。」

というお話をされていて、まあ泣きましたよね。メールを送り続けた日々を肯定してくれているんですから。それが日常となりつつあった私の日々は、星野源という人間を…星野源のオールナイトニッポンという番組を作るための、ほんの一部にでもなれていた。そう言ってもらえたんですから。

あと、星野源のオールナイトニッポンを聴き始めたことで、ラジオの面白さを知り、radikoに課金し、熊本県の民放ラジオ含めて、色んなラジオを聴き始めたことは私にとって大きな変化でしたね。これでまた一段と世界が広がったもん。今聴いているラジオにも、これからも沢山メール送ろう!って改めて思えましたよ。

「終わり」と区切りをつけること

「やりきった」と何かを自分で終わらせることが出来るのは、まじで本当にすごいことだと思う。何か事件を起こしたり…は源さんないと思うけど、事故や怪我、本格的に体調に支障が出て打ち切り…なんて番組はこれまでにもあったし、ファンに別れを告げられぬまま去っていく人も見てきた。
だからこそ、「さようなら」の言葉の意味とともに、きちんと終わりを告げて、源さん自身の気持ちにも、リスナーの気持ちにも区切りをつけてくれたこと、本当に感謝と尊敬の気持ちでいっぱい。

そして番組が終わることで、パーソナリティと作家として仕事をしていた星野源さんと寺坂直毅さんが、"星野さん"と"寺ちゃん"に戻れるという話でボロボロ泣いた。先述の前口上の通り、2人の関係性は遥かに密接なものだから……良かったなぁ。

いやぁ、しかしあまりにも通常回すぎて来週も普通に放送やってそう。そして1週間後「そっか、終わったんだ」と現実突きつけられて悲しみの波が襲ってくるんだろうな。

エンディングを「Friend Ship」にした理由について、最後に。

ラジオのEDはラジオを聴いている人にとって、一生残るじゃないですか。やっぱりラジオが終わる瞬間って寂しいんです。前からちゃんとお別れの曲にしようと思っていたんです。なぜかと言うと、お別れの時に「さよなら」ってちゃんと言った方がいいよね、と思っていて。
そういうことをはっきり言えないと、次がなかなか来てくれない感覚があるんです。それは自分の未来だったり、違う未来だったり、そういうのもそうだし、その人と再会する事も未来の一つなので、それも来にくくなると思っている。だから、僕はちゃんと終わることが大事だと色々なところで言っているんですけど、何かが終わるってことは何かが始まることで、確率が少ないとしても何かがもう一回あるとか、また会えるとか、また会いましょうとか。「さようなら」って、"ありのままで"のような「Let it be」
みたいなことだと思うんです。みんなはそれぞれの「Letit be」を生きるでしょ。僕はラジオリスナーだから知っているんですけど、あなた達は一生忘れない。僕も一生忘れませんから、その思いを持ちながら"一緒に"この世の中を生きていきましょう。星野源でした。さようなら。

2026.3.31 星野源のオールナイトニッポン

この話聞いたらさあ、"いつかまた会えるかな"で泣いちゃうよ……

源さんはよく、自身のことを話す時「コサキンDEワァオ!」の話をしていた。
これから(きっとこれまでも)源さんのように「あの時ね、私は星野源のオールナイトニッポンにすくわれたんだよ」と語り継いでいく人がたくさんいる。私もそう。そういう素晴らしい10年間だった。
「ラジオで人の心は救える」本当にそう思える瞬間がいくつもあったし、私自身も救われた。あぁ、何度言っても足りないなぁ。本当にありがとうございました!!そして、星野源さん、スタッフの皆様も10年間、全470回の放送本当に本当にお疲れ様でした。これからは少しゆっくり、ゆっくり休んでくださいね。

さようなら!


お味噌汁いただいたのも思い出



いいなと思ったら応援しよう!