趣味の時間【小説】
人間が生きていくには、働かなくてはならない。
働かなければ金を稼げず、食べていくことができないからだ。
かといって、では働いていればそれでいいかというと、それも違う。
仕事とは往々にしてストレスのたまるもので、人間はストレスをため込んではいずれ参ってしまうからだ。
だから現在では、人間が生きていくには働くことと、余暇――とりわけ趣味に費やす時間が大切だと言われている。
そのため、大半の企業では働き方改革が行われ、趣味に時間を使ってもらうために、有給休暇の取得が推奨されている。
A氏の働いている企業でも、有休休暇の取得が推奨されている。
ところがこのA氏ときたら、会社の方針に逆らうように、働いてばかりいる。
A氏は今の会社に勤めて10年になるのだが、これまでに一度も、有給休暇を取得したことがない。
それどころか、仕事を自宅に持ち帰り、毎週末まで働いてしまっている。
社員のあいだの噂では、盆休みや正月休みすらも、A氏は一人、働いているらしい。
これを重く見たのが、A氏の上司であるB氏だ。
B氏はこのまま働き詰めでは、A氏がいずれ体調を崩すのではないかと危惧した。
そこでB氏は、A氏にせめて、週末に自宅に仕事を持ち帰るのを禁止した。
A氏は反対したが、A氏は部署内でエース社員だったので、倒れられては困ると、B氏は強行した。
するとどうだろうか、たちどころに、A氏は体調を悪くしてしまった。
週末に自宅に仕事を持ち帰らなくなり、たったの数週間で、毎日風邪気味のようになってしまった。
B氏は長年の無理がたたったのだろうと思った。
なにしろA氏は、入社以来10年間も、ちっとも休まなかったのだ。
A氏の身体は疲弊しきっており、ちょっと休息を得たことで、逆に疲労が顕在化したのだ。
確信したB氏は、もっと酷いことになる前に、次の手を打つ。
A氏に、10年分の有給休暇の代わりではないが、一ヶ月の特別休暇を与えることにしたのだ。
そうすることで、リフレッシュして、A氏が一層旺盛に働くことができると、B氏は思った。
ところが、B氏が思っていたよりも、A氏の疲労の蓄積度はひどかったようだ。
A氏は特別休暇に入り、一週間もしないうちに倒れ、救急車で病院に運ばれてしまった。
こんなことなら、もっと早くにA氏を休ませればよかったと、B氏は後悔した。
B氏はA氏の入院する病院に見舞いに訪れ、A氏の病状を確認した。
さいわいにも、A氏は二週間程度休めば元気になるということで、B氏は胸を撫で下ろした。
このままでは特別休暇のほとんどをベッドの上で過ごすことになるので、入院している日数を公欠扱いにして、特別休暇を延長することを約束して、見舞いの品を置いて帰宅した。
しかしA氏が退院して、B氏にとって、予想外のことが起こった。
まだ病み上がりだというのに、特別休暇を延長したというのに、A氏が会社に出社してきたのだ。
B氏は驚いて、仕事の支度を始めた、まだマスク姿の、顔色も悪いA氏に尋ねた。
「病院を退院したばかりで、まだ体調も良くないだろう。どうしてきみは出社してきてしまったんだ」
B氏に言われて、ばつが悪そうにして、申し訳なさそうにA氏は言った。
「僕にとって、仕事は一番楽しいことなのです。仕事をしていないと、体調が悪くなってしまうのです」
B氏もまさか、A氏が倒れてしまったのが、働くことができないストレスからだとは思わなかった。
A氏にとって仕事は日々の糧を得るためだけでなく、ストレスを発散させる趣味でもあったのだ。
そのため、週末に働けなくなって風邪気味になったし、特別休暇をもらって入院する羽目になったのだ。
B氏もまさか、A氏が倒れてしまったのが、働くことができないストレスからだとは思わなかった。
大抵の会社員にとって、むしろ仕事がストレスの要因であり、ストレスを発散させるために余暇があるのだが……。
珍しい男も、いたものである。
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やめたほうがいいよ……