祖母の形見が金色になった
大学1年生の夏に取った運転免許が、ゴールドになりました。わたしは今、34歳。もう15年経つんですね。(有効期限切らしすぎ)
19歳の夏休み
絶対に新卒で就職しなきゃ!
どうやら運転免許があったほうが有利らしい!
そんな強迫観念思い込みから、大学1年生の夏休み、母に「運転免許を取りたいんだけど」と相談しました。
近所に通える教習所があったけれど、お値段はまるっとで30万円くらい。
当時、わたしはアルバイトを始めたばかりで、貯金もほぼありませんでした。
そんな時助けてくれたのが母方の祖母。
教習所に通うお金をまるっと出してくれました。
だから、わたしの運転免許証は祖母の形見なのです。
教習所に申込みに行った日を今でも覚えています。
向かう途中で土砂降りの雨になりました。
びっしょびしょで受付。
その後、大学で体育(必修)の授業があったので、びっしょびしょで参加。元気な大学生でした。
技能は全て一発合格。
筆記は全て二発合格。
最終試験も一度落ちてます。難しすぎでしょ。
そんなこんなで夏休み中に無事免許を取得。
おばあちゃんありがとう。
よ〜したくさんドライブするぞ〜!
なんて意気込んではいたものの……。
加速も減速もできない若葉マーク
1か月近く教習車を乗り回しまくったはずなのに、おかしいな〜?
国道で50キロ以上出すのがめちゃくちゃ怖い。
ちなみに実家の車で練習する時、父が隣に乗ってくれたんですけど、口出しが多すぎてそのうち早朝に1人で練習するようになりました。ごめんね(笑)。
そういうわけで、いつまで経っても50キロ以上加速できない。
加速できないくせに、見栄っ張りなわたしは大学の部活で、機材や人を運搬する役を引き受けてしまいました。
道中に高速道路がありまして。
一度スピードに乗ってしまえば意外といけるものだな……と順調に車を走らせたんですけど、問題は高速道路を降りる時。
減速できない!!!!
追突されるのが怖くて、時速50〜60キロくらい出したまま、あの料金所前に現れるクネクネした下り坂を爆走。同乗者、阿鼻叫喚。
事故らなくてよかったです。
本当に死ぬかと思いました。
その後、夜の山道で人をピストン送迎する役を仰せつかったんですけど、夜の山道のほうがよっぽど楽でしたね。
かもしれなさすぎる運転
大学卒業後、運転する機会がなくなりました。
就活のために免許を取ったのに……!?
ブランクが3年ほど空いたある日、当時の職場(市役所)で、市内パトロールの担当者に指名されました。
でも我が市、めちゃくちゃ見通しが悪い。
車をぶつけるかもしれない。
人を轢くかもしれない。
ニュースになるかもしれない。
一生言われるかもしれない。
パニック障害の治療で頓服薬を飲んでいたので、その副作用も影響するかもしれない。
そもそもパニック発作が起きるかもしれない。
「かもしれない」が多すぎて、パトロール担当とは名ばかりの、「助手席で運転手に話しかけ気晴らしさせる担当」になりました。
立派なペーパードライバーの誕生です。
更新を忘れたこともあるけれど
わたしは4月が誕生日なので、更新期間が3月から5月になります。が、3月は年度末、4月は年度初め、5月は連休明け。
接客業だと特にめちゃくちゃ忙しい時期なのです。更新期限を過ぎてしまったこともありました。
もう更新するのやめようかな? と思ったこともあります。どうせ運転しないし、時間もお金もかかるし、免許センターも警察署も遠いし。
でも、祖母が出してくれたお金で取った免許だと思うと、やっぱり手放せません。マイナンバーカードという顔写真付きの証明書が交付されてからも、わたしのお財布の中に入っているのは運転免許証です。
その運転免許証が、ゴールドになりました。
おばあちゃん、もう10年以上運転してないけど、ゴールドになったよ〜。
……そういえばうちの祖母、運転免許持ってなかったんですよ。祖父が運転できたのでいいんですけど。
どうしてお金を出してくれたんだろう?
孫の自立心を応援してくれたのかな。
なら運転してないのはちょっと申し訳ないですね。
最近は勤務時間も減らしちゃって、自立してるとも言いがたいですし。
わたしはわたしのやり方で、まあ自立は難しいかもしれないけれど「自分でできること」を増やしていきます。料理とかね。祖母は仕事人間だったので実は料理もあまりしない人だったんですよ……。おばあちゃん、わたしは仕事人間じゃないけど料理は頑張るよ。
自分なりに自分の力で生活を営んでいこう。
金色になった祖母の形見を見ながら、そんなことを考えたのでした。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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