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新しい発信軸でXを再始動したものの、こうなりたくないなと思っちゃう

Xのおすすめ欄を見るのが習慣になっているんですけど、自分が働き方について発信しているので、働き方に関するポストがよく流れてきます。

その中には、日記や個人的なつぶやきというより、収益化やインプレッションを伸ばすことを目指してポストしている人も多いんですけど、そういった人のポストって、ある種の「型」があるみたいなんですよね。

たとえば具体的ケースを書いて「こんなモヤッとするできごとあるよね? これ、嫌だよね? そうならないためには……」みたいに、不安感や不快感を煽るもの。あとはシンプルにお説教めいたものとか。

たぶんそのほうが伸びるんだと思います。現実に、わたしのおすすめ欄にも届いているわけだし。でも、見るたびに「好きじゃないな~」と思うんですよね。そういう書き方をしないと多くの人に届かないとしても。

同時に、わたしが自分の経験を語る上で、説教くさくなっていないか心配になる時はあります。っぽくなるんですよねわたしー!! 小説書いてても実はなります。なので対策として、小説は一人称で書くようにしたりしています。(三人称神視点とかだと絶対に説教する自信がある)

もっとやわらかく、伝えたいことを伝えられる人になりたい。でもひとり言じゃ意味がなくて、ちゃんと必要な人に届けられるようになりたい。それができている人が誰なのか、を見つけるのがいいのかな?

たぶんわたしの発信を見ていて「そんなんじゃ誰にも刺さらないよ」と思う人もいるんだろうけど、わたしは自分が生きたい世界を信じて、「こうでなければ意味がない」という思い込みを手放して、自分がやりたいことを続けてみたいです。がんばるぞー。

江の島(サムエル・コッキング苑)の東屋。
アートイベントで可愛くなっていた

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