毎日投稿100日目なんですけど、満を持して
この言葉を言う時が来たかもしれない。
……note、書けない!!!!!!!!
そもそも「書く」って何!?
「書ける」ってなんだっけ!?
鬱期に入って2週間を過ぎ、騙し騙し(?)やっておりましたが、ついに「納得のいく記事が書けない」という壁にぶち当たったのです。(当方、躁鬱です)
いや、有料マガジン「一生書きたいラボ」では堂々と語っておりますよ。
noteを書くことが「書く」ことの全てではないと。メモ1行しか書けなかった日も、大事な「一生書いた」人生の一部なのだと。
でもnoteはね……。
noteは、noteを書くことでしか、書くことはできない……。
書きたいことはあるんです。
いわゆる「ネタ」はある状態。
つまりそれが言葉にならない、もしくは言葉にするために手を動かすことができない。
鬱期だからって言ってしまえばそれまでなんですけど、3月の鬱期はそれでも何かをつむいで約1か月乗り切ったんです。
▼こんなマガジン作って好きなこと書いてました
いや、今「おやすみマガジン」のほうが書けることない。自由すぎる。
わたしのnote、シリーズとか連載とか色々ありますけど、テーマが決まってるほうがたぶん書ける。
↑書けてないじゃん。
↑そうですね……。
というわけで、なぜ書けないのかを考えてみました。
まあ鬱期というのはあります。
頭が動かないし、体も手も動きませんね。
となるとnoteを書く力そのものだけでなく、日常への感度が下がったり、体験をする気力がなかったりして、自ずとネタも減りますね。
次にね、時間がない。
鬱期は……また鬱期の話か……すみませんね……鬱期は行動が鈍くなるので、あっという間に時間が過ぎてしまいます。
すると「あと◯十分しかない。これだけの時間じゃ集中できない」と心にブレーキがかかってしまうんですよね。集中して書きたいタイプです。(躁期は隙間時間が3分だろうが、書きたきゃ書くんですけどね)
最後にね、たぶんこだわりが強くなってる。
さっきの「おやすみマガジン」すら書けないというのが物語ってる。
何を書いたっていいのに、「ちゃんとした記事を書きたい」と思ってるんですよ。
なんだよ「ちゃんとした記事」って。
いや、あたためてる話題とかはね、ちゃんと書きたいです。完成度8割くらいで投稿しようとは思いますけど、さすがに4割とかでは投稿したくないです。
でもね、別に全然あたためてなかった、今思いついた話とか、書いてもいいわけじゃないですか。
要は「書きたいものをちゃんと書きたい」がブレーキになってるんですよ。
というわけで、躁鬱のわたしが101日目以降も書き続けるためには、体力気力はどうにもならないけれども、「ちゃんとしない」が必要みたいです。
つまり101日目以降の目標は、「たまにはちゃんとしない」。
200日目のわたしは躁期なんでしょうか、鬱期なんでしょうか。個人的に楽しみです。なるべく同じことで苦しまないようにね〜。
突如「書けない」という壁にぶち当たったことのある方にも、この「たまにはちゃんとしない」という、ゆる〜い目安が役に立つと嬉しいです。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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