読書メモ:『さみしい夜にはペンを持て』古賀史健
2024年夏。さみしくてさみしくて倒れそうだった時、『さみしい夜にはペンを持て』というタイトルの本を思い出して、読んでみました。
本書概要
書く=自分と対話すること。
自分というダンジョン(複雑な心)を冒険するために書き続けてみよう。
その冒険のための剣と地図とは?
ぼくたちが「書く」本当の理由とは?
もしどうしても書けなくなったら?
そんな本です。
この本は、小中学生でも読みやすい「物語形式」で書かれた、比較的易しめの本です。
そのため、メンタルの調子が悪い時でも、夢中になって読むことができました。
さみしいのは「自分じゃいられなくなるから」
本書では、「さみしさ」について以下のように説明していました。
■子どものさみしさ
=物理的に、まわりにだれもいないこと
■おとなのさみしさ
=ひとりじゃないのに、さみしい
=自分じゃいられなくなるから
=たくさんの顔を使い分けて生きることが必要だから(演技しているわけじゃない)
このお話を読んで「わたしが"さみしい"のは、SNSや作品で何か言おうとして(ほめられたり、注目を集めたりしようとして)自分じゃなくなっているからじゃないか?」と気付きました。
本書には、展望として、
「書くことによって、ひとりになれる」
「ノートを開けば、そこに、自分だけの世界が待っている」
ということが書かれています。
では、自分自身を書くよう努めればいいのか?
というと、そんなに単純ではないようです。
そもそもわたし自身も、ありのままの気持ちや「書きたいこと」を小説として描くことに、ちょうど難しさを感じていたところでした。
その解決のヒントが、次の章で示されます。
「あの時の気持ち」を書く
「文章ってね、書こうとすると書けなくなっちゃうんだよ」
ここではまず、「書く」前に「自分の気持ちをじっくりと観察し、スケッチすること」を勧めています。
ここで驚いたのは、
「大切なのは、いまの気持ちをスケッチしないこと」
だということ……!
え!? いまの気持ちを書くんじゃないの??
と問いたいところなんですが……。
■いまの気持ち
・それは正直なところ「何を書こうかな」「どこから書こうかなという気持ち」「面倒くさいな」「書きたくないな」だったりする。
・そもそも『いま』という瞬間は時計の針のように、どんどん更新されていくもの。ほんとうの『いまの気持ち』なんて書ききれやしない。
なるほど、わたしがありのままの気持ちや「書きたいこと」を小説として描くことに難しさを感じていた理由は「"いま"の話を書こうとしているから」であるということが分かりました。
ではどうすればいいのか。
「じゃあ、なにを書けばいいのさ」
「更新されることのない、『あのときの気持ち』だよ」
過去(あるいは過ぎ去った今日)について、そのときどんな気持ちだったのかを思い出す。
「あのときの自分」を、ある程度時間を経た「いまの自分」が淡々と描写していく。
そうすれば手がとまることもない。
さみしい夜にするべき「書くこと」=自分との対話とは、「あのときの自分」と対話することだったのです。
世界をスローモーションで眺める
本書では、自分の複雑な心を「ダンジョン」にたとえて、そのダンジョンを冒険する(自分と対話し、書く)ための表現力についても書いています。
たとえば、「語彙」を「色鉛筆」や「ペン先の細さ」にたとえたりだとか。
語彙の多さはペン先の細さでもあり、ペン先が細いほど繊細な描写ができる、というたとえには唸りました。
その中で印象に残ったのは「文章そのものに流れる時間」があるということ。
ほんとうの気持ちは、もっともっと細かいところまでスローモーションにすることができる。
ぼくたちは意識していないだけで、あきれるくらいたくさんのことを感じている。
スローモーションのカメラで世界を眺めて、スローモーションのビデオで「あのとき」を再現する。
それだけで文章の表現力はぜんぜん違ったものになるというお話です。
まさに、文章を書く時、心の一番前に置いておきたいこと。
なお、わたし自身が最も書く文章が「小説」であるので、「小説」を書くことを前提として感想を述べましたが、本書では最終的に、毎晩「日記」を書くことを推奨しています。
ぼくは、変わりたかったわけじゃない。いまになって思う。ぼくは、ぼくのままのぼくを、好きになりたかった。そして日記を続けることですこしだけ、それができている気がする。
しかし本書で書かれている「書くこと」についてのお話は、一日の終わりに書く日記だけでなく小説、エッセイ、もしかしたら文章以外の表現方法にも、通じるものだと感じます。
まとめ
・『さみしい夜にはペンを持て』というタイトルに惹かれた方へ。「さみしい」のは、人といることで自分じゃいられなくなるから
→「書くこと」によってひとりになれる
・「いまの気持ち」は毎秒更新されるので書ききれない。更新されることのない「あのときの気持ち」を書くことで、自分と対話できる
この本の終盤に「すべては忘れてから始まる」という節があります。
ぼくたちは、前を向いて進んでいく。あたらしい出来事を受け止めて、あたらしい記憶で心を埋めて、古い記憶を消していく。景色は流れ、記憶も流れていく。それが前に進むってことなんだからね。
いま思い出せる「あのときの気持ち」は、いましか書けない。いつか書けなくなってしまう。
そう思うと、さみしさに押しつぶされて手を止めている暇なんかありません。
書こう。
そう強く思わせてくれる本でした。
そのため、読み終わる頃には「(自分でいられないがための)さみしさ」などほとんど吹き飛んでいた気がしますが、それでも心の底にこびりついて残ってしまうような、自分の心の一部のようなさみしさは大切に抱いておいて、これからも書き続けていきたいと思います。

「いま」をしっかり味わいたいです。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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