Day05 ゆるし|永遠を錯覚させた罰の終わり
精神疾患は、罰なのだろうか。
そんなふうに思っていたことがある。
この身体で一生を生きるという絶望の中で、わたしには躁鬱を患った原因がなんとなく分かっていた。
仕事での、肉体の酷使。
精神的なストレス。
睡眠障害。発達障害の二次障害。
育ちや過去の恋人からの暴力。
精神疾患はこんな働き方をした人間への、
助けを求められなかった人間への、
嫌だと言えなかった人間への、
休むという選択肢を求められなかった人間への、
罰なのだろうか。
むしろそうだと思わなければ受け入れられなかった。
なぜわたしが呪われなければならないのだろうと、わたしが誰かを呪うことになるから。
だけど自分に呪いをかけていたのも、罰を与えていたのも、きっと自分だった。わたしは「苦しい」「悲しい」「つらい」「助けてほしい」と感じる自分を、ずっと許せなかった。
倒れるまで頑張らなければ、許してもらえないと思っていた。
誰に?
もう大人になった。
わたしはわたしの責任で生きていける。
だからわたしはわたしの責任で、もう自分を許していい。
眠りたい時に眠っていい。
休みたい時に休んでいい。
やりたい仕事をやればいい。
幸せになりたいと望んでいい。
精神疾患がわたしにとって、誰かを呪わないための罰だとしても、わたしはこれから何度だって、自分で自分を許すことができる。
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