Day15 おだやか|躁鬱が過去のものになったとしても
「自分もかつて躁鬱でした」
そう話す人を見て「どういうこと? 今はそうじゃないの?」と首をかしげたことがある。
実態は単純な話で、その人は2か月以上、躁や鬱の症状が出ていない「完全寛解」の状態にあって、だから躁鬱を過去形で語ることができたのだった。
わたしもあと1か月弱で、完全寛解を迎えることができる。
迎えることができなくても、完全寛解が見える状態に達することができている。わたしはもう「躁鬱と上手く付き合える自分」を諦めないだろう。
実際、完全寛解を迎えたわたしが躁鬱を過去のものとするのかどうかは、分からない。服薬治療をやめるわけではないし、いつ再発するか分からないという点では、やはり躁鬱は「一生の付き合いになる疾患」だ。
けれど今は、とてもおだやかな気持ちでいる。
この凪が永遠ではないことを知っている。だからこそ、嵐がいつか去ることも分かっている。
時折、風が吹く。心の水面を揺らす。
そこに映った空の色や雲の形、横切る鳥や、落ちた星々の影を見る。
おだやかさとは、変化の少ない状態のことではなく、どんな変化にもわたし自身がやわらかく呼応して、自分を取り巻く世界を受け取れる感性のことではないだろうか。
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