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旅行で財布の紐が緩む理由は? 「せっかく」が理性のブレーキを外す不思議な理由

玄関を開ける前に、何度も窓の鍵を確認して、電気を消したか指差し確認をする。

そんな「いつもの慎重な私(自称)」は、駅のホームに降り立った瞬間に、どこかへ置き去りにしてきてしまったのかもしれません。

3月の少しだけ肌寒い朝の空気を吸い込みながら、新幹線の座席に深く体を沈める。

遠くで響く発車メロディと、日常を切り離すようにして静かに閉まる扉の音。

その時、頭の中でひっそりと、何かのスイッチが切り替わる音が聞こえた気がしました。


スーパーの10円と、旅先の千円

不思議なもので、普段の生活ではスーパーの牛乳が10円安いあっちの店まで足を伸ばしたり、コンビニの新作スイーツを「いや、ガマンだ」と棚に戻したりして、あんなにストイックに財布の紐を握りしめているのに。

雨の日の特売日に、ずぶ濡れになりながら自転車を走らせたあの時の情熱は、一体どこへ消えてしまったのでしょうか?

旅先では、その財布の紐がどこかへ ワープ してしまったかのように、

「せっかくここまで来たんだから」

「一生に一度の記念だし」

という 理性の特赦(トクシャ) が一方的に宣告され、驚くほどあっさりと財布が開いてしまいます。

ホテルのラウンジで飲む1,000円のコーヒーは「優雅な時間」として受け入れられる。

お土産屋さんの棚に並ぶ、普段なら絶対に部屋に置かないような、色鮮やかすぎる木彫りの熊や、使い道のわからないご当地キーホルダーも。

「ここへ来た証拠」 という魔法のラベルが貼られた瞬間、なぜかカゴの中へと吸い込まれていきます。

この、魔法にかけられたような非合理な自分は、一体どこからやってくるのでしょうか。


脳内の「心の家計簿」が仕掛ける罠

実はこれ、私たちの脳が仕掛けている、真面目すぎて空回りしている「仕分け作業」のせいみたいです。

心理学では 「メンタルアカウンティング(心の家計簿)」 と呼ばれているそうですが、私たちの頭の中にはいくつもの「心理的な財布」が隠れています。

「普段の生活費」という財布を握っているのは、1円の無駄も許さない、ガチガチに硬い眼鏡をかけた事務官。

でも、ひとたび「旅行・レジャー」というラベルが貼られた財布に切り替わると、そこにはアロハシャツを着て浮き輪を持った、驚くほど金銭感覚がガバガバな観光客が現れます。

同じ1,000円でも、事務官は「もったいない!」と叫びますが、観光客は 「思い出への投資だね」 と快くサインしてしまう。

物理的には同じ財布の中にあるお金なのに、心の中では 全く別のルール で管理されているらしいのです。

さらに、旅行の予約や数時間の移動という「大きな緊張」から解放された瞬間、脳内では ドーパミン という「期待担当の物質」が溢れ出します。

そうなると、理性という名のブレーキはすっかりお休みモード。

「せっかく」という言葉は、私たちが自分を納得させるために編み出した、最強の免罪符なのかもしれません。


「大きな数字」が連れてくる、金銭感覚の揺らぎ

もう一つ、私たちが陥りやすい罠があります。

それは、宿泊費や新幹線代といった「大きな支出」をした直後にやってくる アンカリング効果 という、なんともままならない現象です。

数万円の予約ボタンをポチッと押した後の私たちは、金銭感覚の基準(アンカー)がドカンと跳ね上がっています。

すると、普段なら「えっ、ランチが3,000円?」と驚くはずなのに、数万円の支払いと比べると「たったの3,000円か」という誤差のように見えてしまうのです。

「3万円払ったんだから、あと3,000円くらい、どうってことないよね」

そうやって、相対的な安さに惑わされて、また一つ、また一つと財布の紐が緩んでいく。

まるで、大きな山を登りきった後の下り坂で、ブレーキをかけ忘れて加速してしまうような、なんともままならない感覚です。


小さな贅沢と、また始まる日常

新幹線が日常の駅に戻ってきて、ふと現実の家計簿と向き合ったとき。

「あ、やっぱり使いすぎた」と少しだけ もどかしい気持ち になるのも、旅の一部。

でも理屈では説明できない「楽しかった記憶」は、家計簿の数字を少しだけ上回る価値があるのかもしれません。

とりあえず、旅先で「せっかく」と自分に言い聞かせて買った、少しだけ贅沢な茶葉でお茶を淹れ、一緒にお土産屋さんで買った「謎のご当地クッキー」を楽しんだら、またいつもの事務官に交代です。

特売の洗剤を求めて、チラシを隅々までチェックする慎重な私(自称)に戻ります。


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