イジメ対策は海外のほうが進んでいる。日本はダメだ。という「比較」に対する違和感【ひとりごと】
田村由美『ミステリと言う勿れ』を読んでいて、好きな漫画だからこそ、とある台詞に違和感を覚え、ふと立ち止まってしまった。
主人公の整くんの言葉を雑に要約すると。
「海外ではいじめ対策が日本より進んでいる(日本は遅れている、海外を見習え)」。
果たして、字義通りに受け取っていいのか。
この記事執筆の最初の動機である。
あと、スティーヴン・キングの『キャリー』論を前回書いたのも、きっかけのひとつかも。
---
#1. 「海外では〜」という便利すぎる言葉
「海外ではイジメの加害者が病人として扱われ、半強制的に隔離され、治療を受ける。逆に加害者を擁護し、被害者が元の共同体から弾かれてしまう日本は遅れている」。
こういった言説を目にすると、「分かる、気持ちはとってもよく分かる。でも少し待ってくれないか」と思ってしまう。
イジメ加害者側への介入を実施することで、被害者側が損をする構造の是正が必要だ、というポイントにまったく異論はない。
衝動制御や共感能力の欠如・不足、家庭環境、社会的ストレス、群れの性質。イジメが単なる「悪い性格」だけで説明できないのは明らかだ。
そして「被害者側が損をしやすい」構造に、私自身も強く憤りを覚える。
しかし、その上でどうしても引っかかるのは、よくひとまとめにされる「欧米」や「海外」とはどこなのか?という問いである。
アメリカなのか。韓国なのか。北欧なのか。
それぞれ、社会構造も暴力の質もまるで違う。
そして、制度とは多くの場合、「理想」ではなく「危機」から生まれる。
---
#2. 制度は「道徳的な成熟」からは生まれない
制度やルールは、道徳的に成熟しているから生まれるのか。むしろ逆だ。
極論を言えば、「それをやらないと死人が出るから」こそ制度は生まれる。
学校で廊下を走る生徒がいなければ、「走るな」という張り紙は不要だ。注意の多さ(=制度化)は、必ずしも「先進性の証明」ではない。むしろ治安悪化のエビデンスともなり得る。
イジメ加害者の病理化も同じ構造かもしれない。
---
#3. アメリカという例:即死性の高い社会
たとえばアメリカ。
加害者をリスク対象として管理する傾向が強い国(もちろん州によって差はある)。
銃を合法的に所持でき、薬物も比較的流通しやすいあの社会では、学校内の暴力がそのまま「致命的事件」に転化する可能性が高い。
その場合、衝動的な加害者を「様子見」する余裕はない。自殺ではなく、(故意か否か、また加害者と被害者のどちらが手を下すかは置いておいて)他殺のリスクをまずは考慮する。
●スクールカウンセラーの充実
●危険兆候の早期発見
●精神鑑定
●強制的な隔離や治療
これらはすべて「被害者への優しさ」というよりは、危機対応管理の文脈の結果論だ。
放置すれば銃撃事件に発展しかねない(コロンバイン高校の事件が分かりやすい例だろう)。
さらに訴訟の問題。州や公立/私立などによって異なりはするが、放置して事件が起きた際、学校側が背負う損害賠償リスクがあまりに巨大なので、経営判断としてカウンセラーを充実させざるを得ない、という面も一部にはある。
つまり、加害者を病理として扱うのは、「倫理の進歩」とは呼びにくい。あくまで「リスクヘッジの必然」である。
---
#4. 韓国という例:競争社会の圧力
一方、韓国。
苛烈な学歴競争、序列意識、同調圧力。イジメが社会的地位や進学競争と結びつく時、その被害は深刻化しやすい。
加害者への処罰が一気に強化された局面もある。社会的非難も非常に強い。
ここでの介入は、「競争社会の暴走」を抑える装置として機能している側面がある。
また、韓国ではイジメの事実が内申書に残り、大学進学の道に障害物が生じる。
それは倫理教育である一方、人生を賭けた受験競争における「失格の烙印」を利用した統治、という見方もできるかもしれない。
前述のアメリカと比較すれば、その「危機管理の文脈の違い」は明らかだ。背景が違えば、制度の性格も、最適方法も異なってくる。
---
#5. 北欧型:福祉国家の早期介入モデル
北欧諸国では、福祉と心理支援のネットワークが非常に厚い傾向にある。問題行動を早期に兆候として捉え、カウンセリングや家族支援へ繋げる。
これは確かに制度として洗練されている。
見習いたいと思える。
だが北欧は、全体的に「国家と市民の間に高い相互関係がある」社会だ。税負担がかなり大きく、国家による福祉・介入を受け入れる文化がある。
つまり、「個人主義ではあるものの、国家が個人の生活領域に関与すること」を、社会が許容している一面が強い。制度による支援が厚い分、個人にも制度を適切に利用するための自律(高い自己管理能力)が求められやすい。
それは日本的な“滅私奉公”とは性質が異なるが、「生活的自由の管理」を国家側にある程度「委ねる」ことへの合意が、前提として存在している。
これは重要な違いだ。
制度で言えば、北欧の中でも一部の国には徴兵制があり(フィンランドは男性のみ、ノルウェーやスウェーデンは男女問わず)、地政学的要因(ロシアとの距離など)も相まって、「国家と市民の相互責任」という感覚が比較的強い。
このように、「自由と管理」のバランスは国ごとに最適化されている。国ごとの文脈を無視し、表面だけをさらって見習う、ということは困難だ。
---
#6. では日本はどうか
勘違いして欲しくないので明言するが、筆者は「日本のイジメの内容は海外より酷くない」とはまったく思っていない。自殺者も多い。
日本の問題は「遅れている」のではなく、「社会的治安が比較的良好であるがゆえに、制度が曖昧になっている」ところにあると考えている。
●銃社会などと比べると、即死性の高い暴力は発生しにくい構造
●武器の入手は(海外と比べれば)難しい
●表面上の秩序は保たれている
(ように見えてしまう)
結果、加害者は「普通の子」に見えやすく、被害は内面化しやすい。可視化が遅れる。したがって、これは「日本は安全だから国として優れている」という話でもない。
海外諸国と比べ治安的なリスクが低い代わりに、歪みが見えにくい。ここが日本の難しさ。
---
#7. 比較するなら、前提を比較するべき
問題は「どちらがより進歩的か」にはない。制度は、その社会が抱えるリスクに応じ設計される。
即死性の高い暴力が蔓延する社会。
競争が過剰に加速する社会。
福祉国家として内面介入を許容する社会。
それぞれに応じた対策が生まれる。
そして前述の通り、前提を無視して制度だけ輸入すれば、必ずどこかで綻びが生じる。
日本で言えば、「加害者の正常と異常の境界線をどこに敷き、どの域を越えたら病理として扱うのか」。この基準をどこに置くかは極めて難しい。
極端に言い換えれば「バカと一度言われたらそれはもうイジメなのか」。あるいは「加害者がかつての被害者だった場合はどう扱うのか」。
この議論だけで紛糾するだろう。
結果として、この国では「被害者を安全圏に遠ざける」ことがとりあえずの対応策となっている。
※補足。一部の学校や組織に見られる「イジメの隠蔽体質」は、個人的にも論外である。
ただし、それが「組織的には効率のよい解になってしまっている」のも、「調和を守ることが治安の良さに繋がる」日本の負の側面だろう。
---
#8. 病理化は本当に「優しさ」か
要するに、各国で見られる「加害者を社会の病理として扱うこと」は、単純な「被害者への思いやり」では決してない。
それは、
●責任能力の再定義
●個人の道徳を医療モデルに委ねること
●国家が内面に踏み込むこと
を意味する。
それをどこまで許容するかも、社会ごとに異なる。日本はどこが最適なのか。いくら悩んでも、私ごときでは答えが出せない。
---
#9. 「海外では〜」に潜む思考停止
「海外は進んでいる」
この言葉が便利なのは、前提の違いを一気に省略できるからだ。
だが、比較とは本来、前提条件を並べる作業だ。
どの国がどんなリスクを抱え、どこにコストを割き、何を優先し、何を犠牲にしているのか。
そこを見ずに、単純な二元論にして善悪を振り分けるのは、海外との比較というより「ファンタジー化」に近い。
---
#10. 結論:制度は「結果」である:思考を止めないこと自体が義務だ
私は、日本を擁護したいわけではない。
海外を批判したいわけでもない。
ただ、制度は理想から生まれるのではなく、危機から生まれる。その前提を無視して「進んでいる/遅れている」と語ることに違和感があるのだ。
比較をして、その対象を参考にしたいなら、まず前提条件を比較するべきだ。
そして、こんな私の「ひとりごと」には限界がある。皆さんの力を借りたい。この「治安の良い国だからこその歪み」を抱える日本で、一体どんな策を取るのが最適解なのか。
思索を止めないのは、我々の権利であり、同時に義務でもあるはずだ。
---
👉️関連記事
★『キャリー』の母親は単なる毒親ではない:個人になれなかった母が娘を育てることの〈アメリカ的〉恐怖 ※再掲
★文化批評ラボ:ポップカルチャーと社会(マガジン)
音楽・ゲーム・漫画・アニメなど身近なポップカルチャーと、社会や宗教、あるいは私の経験(留学や仕事など)を絡めて語る文化批評。
★アメリカ留学体験記:異国の高校生活を文化論を交えて振り返る(マガジン)
青春の高校留学体験記も公開中(本編は前・中・後編で完結)。ドラム、友情、スクールカースト、そして恋愛……覚悟を決め、筆者の甘酸っぱい?自分史を素っ裸で描いてます。
またアメリカの衣食住を体験記&文化論として描く外伝も執筆中。
★本当は怖い洋楽歌詞・和訳シリーズまとめ(マガジン)
掘れば掘るほど深淵へとはまり込む。実は怖い歌詞の曲、文化論や言語学などを交えて翻訳・解説しています。
★ドラマー論:「あるある!」からオリジナルな定義まで(マガジン)
音楽系記事のうち、ドラム・ドラマーに関するものはこちら。
★板的「ひとりごと」集(マガジン)
その他ひとりごと、小論などはこちらにまとめています。
📝アカウントの全体像はこちらにまとめてます
いいなと思ったら応援しよう!
ネタは豊富にございます、よろしくお願いいたします。