第1次スニーカーブーム -90年代-
大学入学直後の忘れられない一足 - 90年代スニーカーブームの記憶
1995年、僕は大学に入学しました。最寄り駅前に大学帰りでフラッと入った少しおしゃれなスポーツスニーカーショップで、出会いを果たします。
当時、1995年新作エアマックスが、お店の一角でひっそりと、しかし確かな存在感を放っていました。自身の「エイトハーフ(US8.5)」のサイズが、あったんです。これは運命だと感じ、僕は迷わず一足を手に取りました。

周囲の冷たい視線、そして態度の一変
購入したエアマックス95を、大学に履いて行きました。新作だぜ、意気揚々。
しかし、履き始めの頃は周りから「イモムシみたいで気持ち悪い」と言われる始末。当時のファッションセンスからすると、少し浮いていたのかもしれません。でも、僕はエアマックス独特のイモムシフォルムとグレーのグラデーション、どこか未来的なデザインがたまらなく好きでした。だから、周りの声なんて気にせず、お気に入りの一足を履き続けたのです。
そんなある日、ファッション雑誌でエアマックスが特集され、大々的なブームが巻き起こりました。街にはエアマックスを履いた人が溢れ、ショップでは争奪戦が繰り広げられるほど。
すると、以前僕に心ない言葉を浴びせていた彼らの態度が豹変。「その靴、いくらで売ってくれる?」と、こぞって声をかけてくるようになったのです。手のひらを返したような変わり身に、僕はただただ驚くばかりでした。

異常なほどの熱狂と、スニーカー高騰の時代
当時、エアマックスだけでなく、ナイキのエアジョーダンや、リーボックのポンプフューリーなど、人気スニーカーの値段はどんどん高騰していきました。定価の何倍もの値段で取引されることも珍しくありませんでした。ブームに乗り遅れまいと、誰もが血眼になってスニーカーを探していた時代です。スニーカーを履くというよりも、投機対象として捉えている人も多かったように思います。
周囲のそんな熱狂ぶりを、僕はどこか客観的に、そして面白く感じていました。僕にとっては、ただ気に入った一足を履いていただけなのに、まさかこんな大騒ぎになるとは思ってもいなかったからです。流行に左右されず、自分の好きなものを貫くことの大切さを、この経験を通して学びました。

90年代スニーカーブームの記憶
エアマックスをめぐる騒動は、僕にとって90年代のスニーカーブームを象徴する出来事でした。価値観の変化、周囲の反応、そして過熱するスニーカー市場。あの頃の熱気と興奮は、今も鮮明に心に残っています。
この時のエアマックスは、Redwing 8875の購入時、半額出してくれるという事で、兄の所に行きました。
編集後記
90年代のスニーカーブームは、単なる流行ではなく、社会現象でした。あの時代を経験した人にとっては、忘れられない思い出となっていることでしょう。あなたにとって、忘れられない一足はありますか?
