リルケ「マルテの手記」と深みについて -おすすめ本紹介-
好きな本を皆と共有したい。
作品の面白さで人と通じ合いたい一心で本紹介を始めました。
今回の本は、リルケ「マルテの手記」です。
マルテの手記との出会い
マルテの手記を初めて読んでから、大好きになりずっと読み続けています。
時期でいうともうかれこれ3年くらい。
頭からじっくり読み返したり、ふとした時にパッと開いたところから読み始めたりしながら自由に読んでいます。
これからもずっとそばに置いておく大切な本です。
この本は日記繋がりで読み始めました。
youtudeの動画で北方謙三先生がヘンリ・ライクロフトの私記の描写を称賛されていました。購入して読み終えて、さあ次の本を何にしようかなと思った時に、私記いわゆる日記をもっと読んでみたいと思い手にとったのがリルケ マルテの手記です。
本の面白さ
この本の魅力を一言で表すと、第一級の詩人による詩で編み込まれた小説である点です。
詩人の物の見方や感じ方が純度100%でそのまま表現させているから、何度読んでも引き込まれてしまう。
この本はエンターテインメントとしての物語の筋はほとんどなく、マルテという主人公の独白や断片的な記憶で構成されています。
どこが面白いか、という話でしたね。
正直な話、この本に「わっはっは」と笑えるような箇所や楽しくてワクワクする箇所は無いです。これはそういった本じゃなくて、むしろ「興味深いな、この表現は凄いな」といった内側にしみこんでくるような面白さがあります。
その面白さを伝えるには一つ脱線が必要です。
この本は詩人が書いた本です。この詩人というものが何と向き合っているか、その点がこの本を面白いと感じるかどうかだと思います。
私が読んでいて、マルテは存在への恐怖や事物の無意味性と徹底的に向き合っていると感じます。それが至るところで表現されています。至るところ、どころか、モチーフや断片そのものがその文学的比喩で構成されている、ように読めるし実際そうだと思います。
それが凄い。マルテというよりかリルケの在り方に畏敬の念を感じるんです。読んでいて、心が跳ねて全身に鳥肌が立つような衝撃、畏敬と驚嘆と感動が混じって、「こいつはあ、マジですげえ。本物だ!本物の本だ。人間の認識を改変させる可能性を秘めている、読んではいけない本だ」と心が躍るんです。
私にとって、この本は宗教の聖典や教典と同じ価値なんです。
物の見方を表現したり、この詩人の認識を体験として伝えているという点で同じだと思っています。
だからヤバい。
別にあれですよ。この本が燃やされたり破かれたりしたら怒るとかいう話ではないですよ。私の本も擦り切れてボロボロですし。でも中身と機能は、同じだと思っています。
まともな人間が到達しえない内的境地の体験が詩的言語として表現されている。だから震える。
どういった人に読んでもらいたいか
あくまでも読みの問題なのですが、文学や思想で表現されているある種の深みを理解したいと思っている人は、この本を読むべきだと思います。強く推薦します。
肩をぶんぶん回して気合を入れて読むと、訳が分からないので、初めは絵を見るような感覚で読み始めると良いです。分からないなと思ったら戻ったり飛ばしたりしながら自由に読んでも良いです。
でも、どこかで本腰を入れて一語ずつ身体にいれるようにゆっくりと読んでみて欲しいです。そういう読み方がこの本には合っていると思います。
最後に 「深みについて」
最後に、話しそびれた重要なことを話します。
ある深みと呼ばれているものについてです。
私の勝手な理解だと、その深みは現存してる思想の核の一つになっています。言い換えると、優れた思想はある同じ物の見方が含まれています。
それは、物と言葉の関係性についてです。
これがこの世界や存在についての問題を、日常的人間精神の中で発生させてしまう鍵の一つだと私は思っています。
マンホールに落ちるように、ある日突然分かってしまうと意外と簡単で当たり前なことかもしれません。
例え話をしますけれど、今ここにコップに入った水があります。
この水を、水と呼ばれているモノと、水という言葉に分けて考えてみるんです。なぜ分けるかというと、私はここで何が起きているかを知りたいからです。水というものが一体何なのかを知りたいし突き止めたいと考えているからです。それを経た上で私がどう生きるかを考えてみたい。
話が脱線しました。そう、水について考えていたのでした。
水について知るために、水を水と呼ばれているモノと水という言葉に分ける。あくまでも認識の問題ですが、このモノとは、水という言葉が生まれる前の世界描像で、目の前の透明な流体を見つめるという意味です。
そうした時に、水と呼ばれていたモノ、このモノには本来、水という意味が付与されていないということに気が付きます。透明な流体は本質的に無意味であるということです。
これが同一性の破綻です。あくまでも認識の問題なのですが、これが普通の人間の身に起こると、とてつもない不安と孤独、絶望に襲われます。
私はここ3年ぐらい大変でした。だいぶ抑鬱状態でした。今は少しずつ回復しつつありますが、おそらく独りで色々と考えこんでしまったからだと思います。精神病の一種に禅病と呼ばれるものがあるのですが、それになってしまったかと思われます。でも、鬱は大人のたしなみだとリリーフランキーが言っていたので、そういうもんだと思います。
あと、この同一性の破綻は人間にとって通過儀礼だと思います。あくまでも私の読みの問題ですがね。
そういう認識を持ったうえで、マルテの手記を読むとより一層楽しめるはずです!間違いありません!
今回はこれで一度締めます。
次は、続編としては、マルテの手記を比喩表現や私の強烈読書体験の紹介・共有していく予定です。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。
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