「マルテの手記」リルケ その眼差しを体現するために
初めまして。
この記事ではマルテの手記という小説を深く読み楽しむための考え方を紹介することを目的にしています。これまで六回ほどマルテの手記に関する記事を書いてきましたが、その目的はずっと変わりありません。
これまではマルテの手記を始めから読み、気になったワードを一つ取り上げるという形でやってきました。今回は趣向を変えて、少しだらっとエッセイのような形で進めていきます。
これまでも、そしてこれからもそうなると思うのですが、私がこのnoteでの発信を通してどうしても日本人全員に伝えたいことはリルケ「マルテの手記」を深く読むためには、読み手の側の認識の中で同一性の破綻が必要だということです。私は今回そのような立場を取り、この一線に関して一切妥協しません。
この同一性とその破綻に関して、これから説明させていただきます。
本題に入る前に、これからお話する内容の構成に関して事前にすり合わせをさせてください。これまでの社会人生活を通して人に物事を伝えて理解していただくためには、自分が言いたいことをただ言うだけでは意識が足りないということが身にしみているからです。人に物事を伝える時には大きく二つの手順が必要だと考えています。
一つ目は、現状把握です。今、あなたはこういう状況です。という今の状況を正しく理解してお互いの足並みをそろえること。
二つ目は、理想の共有です。今、現状はこうなのだけれど、それをどのような状態に持っていってほしいのか、これはここまでやれば合格だと考えているという到達ラインを明確にし、共有すること。
ひとまず、私は目標を達成するためにこの過程が必要だと考えており、本記事でもそのような手順を踏みたいと思います。
くどいようですが、最終確認です。
本記事は、読み手がマルテの手記を深く読むようになることを最終の目的としており、その手段として読み手の側の認識において同一性の破綻という事態が必要だと考えているため、これからあなたの中でその同一性の破綻を引き起こすために、現状の把握と理想の共有を行いたいです。
現状の把握
ここで理解を擦り合わせておきたいことが一点あります。それは認識における同一性という事態です。ここからあなたは普段このような物の見方をしているのではないかという私の考えを話します。間違っていたらコメントください。
普段、あなたは、目の前にある物を言葉によって理解しています。例えば、私の場合ですが、あ、今は自分の部屋にいます。部屋には本棚があったり、テレビがあったりして、机の上にはティッシュ箱や箸がおかれていて、天井からぶら下がっている部屋干し用の棒にはデニムシャツ、ベルト、ジーンズがぶらさがっています。
何度も言いますが、ここで伝えたいことは物を言葉によって物を言葉によって理解できてしまっている、そのような事態に今ありますよということを共有したいです。話を戻しますと、今
・8枚の木の板を組み合わせた構造物を本棚
・綿で編まれた生地をデニムシャツ
・革をカットしたものをベルト
と呼んでいます。なんてことはありません。まあ、普通のことです。これは今、例として挙げたもの以外のことにも行われています。意識的には行っていないかもしれないけれど、無意識に、
・オレンジ色の根菜=にんじん
・透明なビニール=ゴミ袋
みたいな形で、=の後ろの部分で物を理解していると思います。
何度もすみません。これ以外にも、カーテンとかベットとか、ありとあらゆる物を言葉によって認識していますね。
ここを受け入れてもらいたいです。何も奇妙なことではなく、普段行っていることを言語化するとそういうこと、つまり、物を言葉によって理解していると言えると思います。
だから、今、あなたの普段の認識を
・物=言葉
となっていると表現します。これを私は同一性と呼びます。
物と言葉を同じ一つのものとして認識している、これを同一性と呼ぶということです。このような事態が普通に生活をしているあなたの認識の中で無意識に起きているということを今ここで共有したいです。
理想の共有
現状の把握では、同一性と呼ぶ、物を言葉として理解しているという事態が私やあなたの中で起きているということを確認しました。
続いては理想の共有です。その同一性というあなたの認識に対して私はどうしてほしいのかというと、その同一性を破綻させてほしいです。
同一性を破綻させる手段として、いくつかのことが考えられます。
つまり、
・オレンジ色の根菜=にんじん
この式を
・オレンジ色の根菜≠にんじん
こうして欲しいです。
こうするための考え方はいくつかあります。
例えば
・オレンジ色の根菜=
言葉をとぱらってしまうとか
・オレンジ色の根菜=にーじーん
別の言葉に置き換えてしまうとかです。
どういう方法をとっても構いませんので、あなたの認識から
・オレンジ色の根菜=にんじん
この図式ををずらして欲しいです。
一旦私の理想としては、
・オレンジ色の根菜=にんじん
これを
・オレンジ色の根菜=
こうしてほしいです。つまり、目の前にある物は言葉によって表現しなくても良い。とか、目の前にある物が生まれたときに言葉は一緒になって生じなかったはずだ。とか、あなたのこれまでの常識をずらして欲しいです。別に無理を言ってるとは思っていないです。何かが分かった時って「あ、そんなことだったんだ」と自然に腹落ちして、「じゃあ、次はこうしよう」って考えると思うんですね。それを物の見方に対しても行って欲しいということです。
目的の達成
その同一性の破綻という事態が発生すれば、マルテの手記を深く読むことができます。なぜならば、この主人公マルテの内定境地が同一性の破綻の極致にいると考えるからです。
同一性の破綻をにんじんだけではなく、全ての物と言葉に対して行っていく。少し表現を変えると、日常的な物から言葉を全て剥がして、物そのものと対面する。そのような境地にマルテはいると私は考えているので、読み手の側も同じ内的境地に立てば、この物語がより深く楽しく読めると確信しています。
終わりに
これまでとは少し構成を変えて、1on1で話すような形でマルテの手記に関して説明しました。この同一性の破綻に関して、これまでの6回分の記事も説明しています。興味を持たれた方、ぜひ、読んでみてください。もっとたくさん、お話しましょう。今回の記事ではシンプルに短くなりましたが、まだまだ語りたりないので、これからもたくさん投稿を続けていきます。
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よろしくお願いします。
