『無花果の死に化粧、あるいは「尊い」の切断面』 第1章 腐りかけのショートケーキ、あるいは熱帯魚の孤独(中)
第1章 腐りかけのショートケーキ、あるいは熱帯魚の孤独(中)
2. 指先の地獄と、ベージュ色の擬態
スマホが震える。 唐揚げの脂と手汗でベタついた指先で画面をタップする。さっき投稿した画像への反応だ。 『ミナちゃん今日も天使!』 『その唐揚げ、気になってたやつ!』 『暑い中お疲れ様~』 通知センターに並ぶ文字列を、眼球だけで滑るように追う。私の視線は、獲物を探す深海魚のように飢えている。 いいねの数、七十二。 投稿から十分でこれは、正直「終わっている」。全盛期――といっても、地下アイドル界隈という狭い水槽の中での話だが――なら、この時点で三桁は余裕で超えていた。コメント欄も、お決まりの定型文ばかりが並んでいる。そこに熱量はなく、ただの生存確認のスタンプラリーみたいだ。
私はスクロールする指を止めた。画面に脂ぎった指紋が残るのが不快で、スカートの端で乱暴に拭う。 「……また、いない」 私の最古参であり、トップオタクである「おまめさん」のアカウントからの反応がない。 あのアカウントは、BOTのように正確だったはずだ。私が何を呟こうが、どんなクソみたいな自撮りを上げようが、必ず一分以内に『尊い!』『優勝!』とリプライを飛ばしてきた。 それがここ一ヶ月、明らかに反応が鈍い。 私は吸い寄せられるように、おまめさんのホーム画面に飛んだ。 最新の投稿は、三時間前。
『無印良品のカレー、やっぱりバターチキンが優勝説ある』
添えられた写真は、自然光を取り入れた丁寧な構図で撮られた、レトルトカレーとサラダの写真。テーブルクロスは麻のベージュ。カトラリーは艶消しのシルバー。木製のボウルに入ったサラダには、彩りよくラディッシュが散らされている。 ……何これ。 イラつきと共に、奇妙な焦燥感が胸を焼く。 私の極彩色の唐揚げよりも、この地味な茶色いカレーの方が、今の彼女にとっては「優勝」なのか。ベージュと生成りの世界。それは、私が必死に維持している「原色」の世界を、大人げないと否定されているようで癇に障る。
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名古屋・大須。地下アイドル「MISO‐Mille-feuille cutlet」の赤色担当・ミナ(25)は、ステージの光とSNSの「いいね…
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