見出し画像

今日の900字小説「からっぽの空」

 つまんないなぁ。

 今日の空は空っぽだ。雲がひとつも出ていない。どこまでもどこまでも、ずーっと青い空が続いているばかりだ。

 それは何も入っていないおもちゃ箱と同じだ。遊ぶものが何もない。退屈な時間。…ぼくの家、おもちゃ箱なんてなかったっけ。

 ぼくはいつもこの丘の上からこの空をながめて、いつもと同じ街並みの上に広がる、ひとつとして同じものがない雲の形を楽しむのが好きだった。

 雲の形でソフトクリームやマシュマロなんかを想像する?そんな子どもっぽい遊びじゃない。

 すべてが美しく機能的にデザインされた自然界の中に、無限に複雑で規則性のない造形が表出される、その混沌にこそ心を奪われたんだ。

 彼らは気まぐれにぼくらの希望の象徴である太陽をも隠す。そして幾重にも折り重なってぼくらを威圧し、深く深く世界を黒く塗り替えたと思えば、ついには稲妻を呼び起こす!どこに落ちるか予測も付かない!カオス!これぞ地球のダイナミズムだ!一瞬一瞬、見逃すことのできない変化の只中ただなかを余すことなく見届ける。それがぼくの生き甲斐なんだ!

 …みたいなことを小4の頭でも紡ぐことができる語彙力で考えていた。

 …はあ、雲がないと空想もはかどらない。このまま青い空ばかり見ていてもつまらないしなぁ。

 何気なくポケットに手を突っ込むと紙の感触があった。そうだ。取り出すと美術展のチケットだった。お母さんが、新聞社の人がくれたとかなんか言ってたな。今日はこれを見てきなさいって言われたんだった。

 印象派?なんか良さげなタイトルじゃないか。用事もないし、雲もないし、行ってみるか。

 そこで見たものは、言葉では言えないぐらいすごかった。見たこともない雲たちが、あっちにもこっちにもたくさんあった。コロー、クールベ、ブーダン、ピサロ…!いまは名前だけしか覚えてないけど、ぜったい画集を買ってもらおう。それで、それで…

 それで僕は、次の日から絵を描くことにした。あの丘の上から、いつもの空を見て。どうやったらクレヨンであの雲を描くことができるのか。今から研究しておこう。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集