ショートショート『幸福税』
人類は全員、出生と同時に身体へICチップを埋め込まれていた。
健康状態、購買履歴、会話、心拍数、表情筋の動きまでがAIに送信され、世界は完全な管理社会となっていた。
そこへ新たに新税制『幸福税』が導入された。
幸福度が高い者ほど税率が上がる。
理由は単純。幸福な人間ほど社会から多くの恩恵を受けている──というAIの結論だった。
施行直後、SNSの風景は一変した。
結婚報告、出産の喜び、旅行写真、華やかな人脈、ブランド品や筋トレで鍛えた体の写真‥‥そうした投稿は、申し合わせたかのように消えてしまった。

代わりに増えたのは、配偶者への不満、子供の悩み、会社や近所付き合いの愚痴、持病の話題、激安店や節約術の紹介、だらしなくたるんだお腹の写真‥‥等の投稿だった。
人々は競って「不幸」を演出し始めた。
だがAIは甘くなかった。
ICチップから取得した生体反応、脳内ホルモンの分泌など、幸福感の痕跡を数値化していた。それらを総合し、「演技」と判断された者は、「脱税の意思あり」と分類され、税金が加算されることとなった。
それを見て、本当に不幸な人々はほくそえんだ。
「ざまあみろ」
「不幸を舐めるな」
その感情は、久しぶりの優越感だった。──結果、不幸な者達の幸福度が上がり、AIは彼らの増税を決めた。
混乱の末、非課税〈税率ゼロ〉の人間がわずかに残った。
その一部は「解脱」した者達。
彼らは、悟りを開き、至福の境地にいたが、それすらも手離し、完全なる「無」の中にいた。
もう一部、非課税となったのは、幸福か不幸かを判断できない知能の低い者達だった。
こうして人類は、解脱した者と、考えない者だけが、最も優遇される社会を完成させた。
了
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