「その時、歴史が動いた」(ACLE準々決勝 アル・サッド戦:3-2)
立ち上がり、スローインから後ろでボールを動かすアル・サッドの選手に対して、前線から鋭いスライディングタックルを仕掛けた選手がいた。
キャプテンマークを巻いている脇坂泰斗だ。
フィードしようとした相手の足元に間合いを詰めてタックルで飛び込み、マイボールのスローインにしたのだ。開始わずか1分20秒の出来事である。
開始直後に見せたファーストプレーは、このゲームにかける自身の強い想い、そしてその背中を見ていた味方に向けたメッセージのようにも感じた。
試合翌日のオンライン取材に対応した本人にこのプレーに込めた思いを尋ねてみると、こう明かしてくれた。
「開幕してから立ち上がりにすぐに点を取ってるチームは、自分たちから積極的に前から圧をかけに行ってる傾向があったので、それを自分たちもやっていこうっていうところでした。自分は前線の選手ですし、そういったものは出していこうと思ってました」
絶対に勝つという思いは高まっていた。
クラブがこれまで越えられなかったベスト8の壁にチャレンジする一戦であったこともそうだが、それ以外のいくつかの思いも背負っていたからだ。
川崎フロンターレが登場する前に、同じく東アジア地区を勝ち上がった韓国の光州FC、タイのブリーラム・ユナイテッド、そして横浜F・マリノスの3クラブは西アジアとの対戦で敗退していた。サウジアラビアでの集中開催ということもあり、地元の優位性がそのまま出た結果が続いた格好だ。脇坂自身、出席した前日会見で「西アジアと東アジアの差」について質問されたこともあり、勝って見返すというモチベーションも強くなっていた。
「開幕戦のすごくインパクトのある試合(光州がアル・ヒラルに0-7で大敗)と、その次のブリーラムとマリノスの試合も点差も開いてましたし、前日会見でも『西アジアと東アジアの差を感じますか』みたいな質問もされました。自分たちは絶対に勝って見返してやるっていう気持ちでした」
また先に試合を戦い、すでに敗れていた横浜F・マリノスの面々からも思いを託されていたという。
「同じホテルのマリノスの選手やスタッフの方と会うんですけど、渡辺皓太くんとエレベーターで会った時に『頑張ってくださいね』と言ってもらいました。ありがたかったですし、頑張ろうって思いました。あとはマリノスのスタッフの方がサプリメントや食事を置いて行っててくれたりとか。普段はライバルですけど、今回は一緒に移動もしてきましたし、そういう思いを背負ってじゃないですけど、僕たちはいろんな人たちの思いを背負って戦ってるんだなっていうところを改めて実感していたし、それをゲームに全部ぶつけようっていうところで、気持ちのこもったゲームができたんじゃないかな、と思います」
そして120分の死闘の末に掴んだ勝利。それも、自らのゴールで導いたクラブ史上初となるアジアのベスト4進出だ。
一夜明けて、オンライン取材に対応したキャプテンに心境を尋ねると、穏やかな表情でその嬉しさを述べた。
「なかなかクラブが超えられなかった壁にチャレンジできて、ここにいるメンバーとスタッフとサポーターとその記録を破れたっていうのは嬉しいですね」
・・・あまり知られていないかもしれないが。
脇坂泰斗がプロとして公式戦に初出場した大会はリーグ戦でも国内カップ戦でもなく、実はACLである。新人時代の2018年、等々力陸上競技場で行われたグループステージの蔚山現代戦で途中出場し、プロデビューを果たしている。
新人だった2018年はリーグ戦の出場は0。天皇杯で先発したものの、ビハインドにより前半途中で交代を告げられるという、ほろ苦い初スタメンだった。同期だった守田英正がすでにレギュラーとして活躍し、この年のリーグ連覇にも貢献したことを思うと、さぞかし悔しいルーキーイヤーだったはずである。
あれから7年。
背番号は14番を纏い、チームに欠かせない中盤の一員となった。去年からはキャプテンマークを巻いてピッチに立ち、今回歴代の偉大なるキャプテンたちが成し得なかったクラブの歴史を塗り替えたのである。
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ACLE2024-25準優勝マガジン
クラブ史上初となるACLE決勝進出。川崎フロンターレのグループステージからファイナルズまでの戦いのまとめです。準優勝までの軌跡をどうぞ。
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