須坂市|人が集まり続けるインキュベーションは実現できるのか|まちある記048

戸倉を離れ観光センター前から歩き始める。
周辺には行政の手が入った建物が多く並び、
綺麗に整備はされているが活気を感じない。
通りに続く旧家は歴史を今に伝える空間で、
製糸業が築いた街の骨格が今も読み取れる。
軒を連ねる店のシャッターの多くは閉まり、
目に付く店は行政が関連する数軒の案内所。
歩いて五百メートルの博物館界隈への道中、
歴史の積み重ねが今に残された町並が続く。
ここから更に足を延ばし蔵の街の奥へ進む。
やまじゅうに近づくと景色が変わり始めて、
古民家を活かした多彩な店舗が増えてゆく。
ふと見上げた古い大壁造りに圧倒される時、
蔵と通りが役割を分担する姿にふと気づく。
遊休資産だった蔵が今は街の強みなのだと。
一時的な来訪者や高齢者をもてなす案内所。
ビジネスを立ち上げる起業家を支援する場。
そして起業家たちが店を構えてゆく街の蔵。 
それは緩やかに繋がり街の日常を形づくる。
同じ行政の拠点でも地域の響き方は異なる。
明治期の景観を支えた旧山十製糸事務所は、
二〇二二年にやまじゅうへ生まれ変わった。
昨日と同じ様に施設を運営するだけでなく、
地域の中で顔の見える経済圏を確立させる。
その想いと覚悟を主宰の君島氏から感じた。
歴史的資産を現代の挑戦へ丁寧に繋ぐ街で、
新たな挑戦を続ける人達の姿をまた見たい。
君島氏の熱の入った言葉にそう思わされた。


国の補助事業を活用し須坂市が総事業費約4億円で整備した「蔵のまち観光交流センター」は、一般社団法人須坂市観光協会が指定管理者として運営を担う。明治期の製糸業関連のまゆ蔵を改修した施設で、観光案内や特産品販売、住民交流の促進を主な役割とする。 交流促進というよくある言葉が並んで入るものの、古い町並みの賑わいを取り戻す、周辺への影響や波及効果は実態としてさほど見られないのだが、この段階ではまだ何もわからなかった。
観光交流センターに近い立地の靴下専門店「フェルール」。この日はイベント出店のためか、店舗は閉まっていた。この時点では意識しなかったが、こうした拠点は地域内外のイベントを優先して実店舗を閉めることが多く、ほぼ開いていないケースを散見する。それほど実店舗の営業日が限定的なのであれば、常設の物販店としてわざわざ温泉街の中に拠点を構え、街の賑わいや回遊性に寄与する意義があるのか、という疑問は残る。
こちらも国の補助事業を活用し須坂市が明治期のまゆ蔵を改修した「まゆぐら」。須坂市観光協会が指定管理者として運営を担い、観光案内を主な役割とする様である。外観からも3階建てのかなり大きな蔵だとわかるが、構造上入り口が狭く、開かれた活用がしにくい建物だという印象を強く受ける。このエリアの蔵は地域への影響が少ない観光案内所としての利用が多く、行政が少々無理をして蔵を買い取り、実態は寝かせているのか、とこの時点では思っていた。
直射日光を入れ込まない前提の蔵だけに内部は暗い。2階や3階には貴重な資料が展示されているが、よくある構成でわざわざ足を運ぶ者はいないのではないか。 お茶と実に美味しい漬物を出していただいたので、厳しい意見は言いにくい。しかし、このままで新たな動きが生まれるとは思いにくい使用法であり、前述の観光交流センターの実態と併せ、須坂の街に期待薄を感じた頃である。
1969年に開業し、消防設備の不備や老朽化から2024年9月に閉鎖、運営組合も翌月に破産した須坂ショッピングセンターパルム。 かつて中心市街地の商業を牽引した拠点の消滅は、周辺の歩行者量を減少させた。名物店などは市内へ移転したが、本体の建物は権利関係が複雑で解体の見通しが立っていないようで、このまま放置されれば、みなかみ駅前の大宮ホテルのように、地域を代表する廃墟となる恐れがある。民間領域だけに放置しかないのだろうが、民間資金と行政の連携で解体や再開発に着手した「水上ひがきホテル」のような例を参考に、早期の権利整理と跡地利用への舵切りが求められるのかもしれない。
「蔵のまち観光交流センター」前の通りを一方通行にする措置は、本来であれば歩行者の安全性向上や、自動車の進入を制限することによるゆとりある街歩き空間の創出を狙ったものであろう。 しかし、誰も歩いていない現状を見ると、この規制が本当に適正なのか疑問が湧く。これほどの状態では、利便性が下がった地元住民から「一方通行にする必要があるのか」と苦情が来そうである。
こちらも国の補助事業を活用し市が総事業費約8億円で建設した、笠鉾会館ドリームホール。市が設置主体、指定管理者の市文化振興事業団が運営を担う、実に良くあるパターン。主な役割は祭りの笠鉾の保存と公開で、入場無料。 展示も立派でインパクトもあるが、廃墟感は拭えない。空間を動的に使うとちぎ山車会館のようにはいかないか。並べただけで器を持て余す印象は拭えない。この時点ではまだ。須坂の印象は、ポテンシャルを持て余す面白みの無い街、である。
「すみさか」が「すざか」の地名由来となった墨坂神社。奈良から神様を迎えたのが始まりとされ、江戸時代には藩主の祈願所として街の中心であり続けた。 特異なのは参道。都市計画で道路が境内を分断したため、車通りの多い駅前通りを挟んだ南側に長い参道が独立して伸びる。十二支の灯籠が並ぶ立派な空間だが、多くの人が道路側から直接境内に入ってしまう。街の歴史的な歩行軸が自動車社会によって遮断された、やむを得ないが象徴的な風景。


街中の各所に設置されている、石造りの立派な案内板「蔵の町須坂まちめぐり」。観光地としての景観整備や誘客促進を狙い、市の補助や公的な事業予算が投入されて設置されたものであろう。 案内板自体は地図や見どころが分かりやすく示されたとても印象の良いものである。しかし、通りに民の活力や歩行者の姿が見えない骨抜きの街では、こうした行政主導のホスピタリティもただの虚しい景観の一部に見えてしまい、(この時点では)心には響いて来ない。


ラ・ノッキオ(La Nocchio)は、歴史的な蔵を活用した佇まいが魅力のイタリアンレストラン。地域の歴史的建築を活かした店舗として、街中における貴重な飲食スポットの役割を担う事例だ、と期待も高まる。 昼食を取ろうと意気込んで店を訪れたが、あいにく材料がなく終了との案内があり、非常に残念。ここに来て魅力的な蔵活用の例を初めて見かけ、少しづつ期待は高まっていく。


古民家の正面に小さな案内があるだけだが、それが実に目を引く、目の覚めるような洗練されたビジュアル。歴史ある街並みの中に突如現れるその高いデザイン性に、一気に期待が高まっていく。こうした民間の美意識こそが、街に新たな魅力を吹き込む原動力となる。 実はこの場所が、古民家を改修して独自の感性で衣食住を提案するアトリエショップ兼カフェ「sketch in hike」であった。歴史的な建物に新しい感性を吹き込み、通りに新鮮な変化を生み出している。


古民家の柱や梁を活かし、選りすぐりの生活道具が並ぶ「sketch in hike」の雑貨店スペース。草木が茂る自然な庭の奥へ進み、秘密の通路を抜けていくようなアプローチが空間への没入感を高める。店主の審美眼が光る極上の空間。さらに道を挟んで新設された文具店「机上の時間」も、古い道具と洗練された文具が静謐に共存し見事な仕上がり。行政主導ではなく、こうした個人の深い熱量と美意識こそが街の価値を根底から高めていくと、冒頭の無常感は吹き飛んでいく。
昼食を取るのを忘れて歩き始めた頃、目を引く外観に惹かれて暖簾をくぐった「らぁめん紬」。 古民家を丁寧にリノベーションした心地よい内装に、統一されたコンセプトを感じさせる調度品や食器、洗練されたオーダー方法。若い出店者だろうと感じつつも、実によく練られた店作りに感心させられた。 この完成度の高い店舗が、地域の起業支援拠点「やまじゅう」の卒業生によるものであると知るのは、もう少し後のことである。個人の熱量とそれを支える仕組が見事に結実した好例。
食後であったため暖簾をくぐることはできなかったが、多くの客で賑わいを見せていた「五蘊」。 外観からも、比較的新しい店舗でありながら、細部まで丁寧に手が入れられ、心が実に行き届いた佇まいであることが一目で伝わってくる。実は、 この店舗もまた、起業支援拠点「やまじゅう」の卒業生によるものであると後から知ることになる。確かな審美眼と熱量を持った若い力が、この街に確実に根を張り、新たな活気を生み出している。
開店も夜のため暖簾をくぐることはできなかったが、多くの客で賑わいを見せていた「五蘊」に隣接するワインバーの「NOOK」。 同じ長屋に入る両店の佇まいからは、歴史ある建物の価値が彼らの手によって格段に高められていることが一目で伝わってくる。 五蘊に続きこの店舗もまた、起業支援拠点「やまじゅう」の卒業生によるものだと後から知る。ここまで幾つかの店舗を見ると、須坂の街は何か違う、そのキッカケがどこかにあるはず、という気づきが確信に変わってくる。
令和4年度(2022年度)に開設された施設で、登録有形文化財である旧持田製糸事務所の歴史的建物を活用し、市が総事業費約7200万円を投じて耐震補強や水回りの改修などを含めた大規模なリノベーションを実施して整備された「やまじゅう」。公募プロポーザルを経て民間へ指定管理された一風変わった創業支援拠点であり、これまでの店主たちがここを巣立ち、街へ飛び出していった理由が現地を見て深く腑に落ちた。 画一的な行政主導のハコモノではなく、民間の柔軟な感性を活かした運営により、施設は高い稼働率を維持している。ただ店舗を貸し出すだけでなく、挑戦を後押しし、官民が心地よく関わり合う仕組みがここに確立されていた。そして、この場所こそが、須坂の街並みに新たな息吹を吹き込み、若い熱量を循環させる真の仕掛け人であった。
そして、「やまじゅう」を動かすキーマンであり、須坂の街のエンジンでもある君島登茂樹氏から直接話を伺う機会を得た。 自身で飲食店を6店舗経営する氏だからこそ、実体験に基づいた飲食物販創業者へのアドバイスは実に的確である。そして、これまでの紬をはじめとする各店舗で感じた個々の印象が線としてつながった瞬間であった。チャレンジショップでの試行から創業支援、空き店舗への出店誘導に至るまで、全てにおいて伴走する情熱に対して、深く感銘を受けた。なぜこれほどの変化が街に起きているのか。それは君島氏だけでなく、行政内部に寺沢隆宏氏という仕組みを共に牽引するキーマンとなる職員がいたからだと聞き、深く深く腑に落ちたところ。官民の熱意が結節し、持続可能なエコシステムを生み出す本質を学んだ、実に有意義な60分であった。
一方、駅前の様子に目を転じると、その風景に言葉を失う。駅前ビルの空きスペースには、市の産業政策課をはじめとする行政の事務フロアが入居。車社会に適応するためでしかない、安価で巨大な駐車場。すぐ隣にはイオンが鎮座している。そこには地元商業が息づく余地など微塵もなく、画一的な空間が広がっている。先に訪れた観光交流センターで感じたあの奇妙な虚無感は、まさにこの駅前の光景から始まっていたのだと、妙に納得させられる風景。古い長屋に若い熱量が循環していたあの心地よい街並みとは対極にある、中心市街地活性化の根深い課題が同居する、須坂は実に不思議な街であった。
新たにオープンした「イオンモール須坂」の1階食物販ゾーン「SUZAKA蔵」内にある「畑と台所 須坂市ブース」。この場所の運営管理やシェアキッチンの仕組みにも君島氏が関与しているようで、彼の持つ圧倒的な熱量と実践的なノウハウが、ここでも遺憾なく発揮されている。すぐ隣には彼が営む「KUTEN。 fruit&cake」が並んでいる。画一的な大型商業施設という巨大な資本に呑まれることなく、地元の農産物や事業者の挑戦を支えるインキュベーションの仕組みを組み込んでいる見事な光景だ。
新たにオープンした「イオンモール須坂」の1階にある「畑と台所 須坂市ブース」。この場所の運営管理も、やはり「やまじゅう」の指定管理者である合同会社U.International(君島氏)が担っていた。ここでは「シェアキッチン」が組み込まれており、厨房設備付きで1日単位から飲食店のポップアップや、地元の野菜・果物を活かした商品の販売ができる仕組みになっている。利用料金は須坂市内の民間事業者であれば25%OFF、さらに商工会議所等に加入していれば34%OFFの割引が適用されるなど、驚くほど実践的な優遇措置が設計されている。ここを見て深く納得したのは、「やまじゅう」から「畑と台所」、そして「街なかの空き店舗」へとつながる、明確なステップアップの動線が描かれている点だ。巨大モールの圧倒的な集客力を活かして試験出店のハードルを下げ、そこで力をつけたチャレンジャーを再び街なかへ呼び戻し、定着させていく。大型商業施設という資本の波に呑まれることなく、むしろ地域経済を循環させるエンジンとして逆利用してしまう「やまじゅう」と君島氏の手腕には、改めて脱帽するばかりだった。

【まちあるき私的指標】
 本スコアは、実際に歩いた際の実感に基づく個人の主観的な評価です。
 歩行空間の質:★★★★☆
 滞在の快適さ:★★★☆☆
 街並みの活力:★★★☆☆
 官民の繋がり:★★★☆☆
 都市の物語性:★★★☆☆

【都市診断:5つの私的指標の解説】
 歩行空間の質:道の広さや安全性。誰もがストレスなく歩ける環境か。
 滞在の快適さ:居心地の良さ。ベンチやなど、留まりたくなる仕掛け。
 街並みの活力:1階部分の質。街に開かれた店舗、持続的な賑わい。
 官民の繋がり:連携の質。道路と私有地の一体感、空間を使いこなす。
 都市の物語性:ストーリー性。歩くことで感じる街の歴史や深み。

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