岐阜市|信長と図書館の町に何が潜んでいるのか|まちある記054

岐阜駅南口は今日も静かな朝を迎えていた。
自動車を前提に暮らす街路が広がっている。
人影がない街でウォーカブルは生まれない。
夏草の勢いに整備が追いついていない公園、
人の目が届きにくい空間であるが故の現状。
一方の北口は玄関として整然と整えられて、
光るデッキと広場は城下町への入口となり、
岐阜城下や柳ヶ瀬へと観光客を導いている。
しかしその裏側に巨大な商業空間が残され、
繊維産業で栄えた時代の記憶を残しながら、
数百店規模の店舗が街の中に残されている。
その多くは空き店舗となり時間が止まって、
暗く老朽化した街区には危うささえ感じる。
整えられた金華山周辺の景観とは対照的に、
暗いアーケード空間の街が隣り合っている。
光と影が今でも混在する街の実情が見えた。
柳ヶ瀬の地では新たな動きが始まっている。
マルシェからは新たな時間が生み出される。
伊奈波神社の参道には若き挑戦者達がいる。
彼らの顔の見える関係が営みを支えている。
しかし裏通りの商業空間は残されたままで、
問屋街には安全保持の巡回の警備員がいて、
柳ヶ瀬にも人影が全くない街区が存在して、
実際の面積の広さと空き店舗の数を思うと、
小さな挑戦だけで埋まることは決してない。
人の営みの力と街の器の差を感じてしまい、
ひとりの力だけで向き合える課題でも無い。
岐阜城を望む観光客には見えない裏の岐阜。
しかし岐阜の街がそこに向き合わなければ、
この街が真に再生する未来は見えてこない。

早朝の岐阜駅南口にて。ビジネスホテルやオフィスビル、高層マンションが密集するエリアとして、静寂に包まれているのだろうか。人口約40万人の都市の中心部とは思えないほど歩行者の往来は皆無に等しく、休日や祝日ということも相まって、街区全体で観光客や買い物客による消費活動の気配はまったく感じられなかった。
駅南口から徒歩数分に位置する「清水緑地」は、かつての清水川の豊かな水辺を活かし、アユが泳ぎホタルが飛び交う都市緑地として平成17年3月に完成した、約2.2ヘクタールの空間。しかし、駅近の好立地にあるにもかかわらず園内には非常に多くの雑草が茂り、管理が行き届いているとは言い難い状態だった。のちに歩く北口の整備された景観と比べると、維持管理の状況には差が感じられ、都市の玄関口としてどの空間の整備に注力するのかという行政運営上の優先順位について、考えさせられる光景となった。
静まり返った南口とは対照的に、県内最多の乗降客数を誇る中核駅としての存在感を示すJR岐阜駅北口。その利用者は長期的な微減傾向にありながらも一日平均約6万人を数え、岐阜県の玄関口として県内でも有数の乗降客数を誇る。駅前広場には黄金の織田信長像が乗降客を見据えるように立ち、その周囲の親水広場には親子連れの姿が見える。上空には道路を横断する幾本ものペデストリアンデッキが立体的に交錯し、周辺にはビジネスホテルが隙間なく並び立つ。都市の表玄関として疑いようのないダイナミックな空間が展開された風にこの時は見えた。
JR岐阜駅北口の周辺を歩くと、整然としたビジネス街や高層ビル群の合間に、かつての繊維産業の盛衰を物語る「新ハルピン繊維会館」などの古いビル群がひっそりと佇んでいる。様々な著書では戦後の焼け野原となった駅前に北満州からの引揚者らが開いた闇市(ハルピン街)をルーツに持つとも書かれている、繊維産業の栄枯盛衰を知る上で象徴的なエリア。現代の都市景観の中に時が止まったかのような衝撃的な歴史の気配を観光客にも垣間見せてはいるが、その奥に踏み込むとさらに驚くべき空間が広がっていた。
戦後、東京や大阪と並ぶ日本三大アパレル産地として繁栄した岐阜駅北側に広がる繊維問屋街は、最盛期には約1,500から1,800軒もの問屋が所狭しと軒を連ねていたとのこと。しかし、産業構造の大きな変化や郊外化の波を受けて急速に衰退し、現在営業を続ける店舗はピーク時の数パーセントへと激減、現状では営業している店がわずかに残るといった様子だった。通りはかつての圧倒的な活気の大きさを想像することはできるが、長期間にわたり使用されず静まり返った建物やシャッターを下ろしたままの空間が広がり、夜間の安全確保のためと思われる警備員の巡回も見られ、危うさすら感じた。長年こうしたエリアの再生が進まなかった背景には、細分化された権利者間での複雑な合意形成、古い建物が抱える構造上の制約、担い手の高齢化があるのだろうか。一部の街区では区画整理事業も進んでいるようだが、自発的な街の更新が極めて困難で、建設物価高騰の状況下では行政の介入にも予算的制限があるだろうと思う。
伊奈波神社は、景行天皇の時代に創祀されたと伝えられる美濃国屈指の古社で、国の守護神として信仰を集めてきた。平安時代の『延喜式神名帳』にも記載される名神大社であり、かつて稲葉山(現在の金華山)にあった社地から現在地へ遷座された歴史を持つ。斎藤道三や織田信長といった戦国武将からも武運長久を祈願されるなど手厚い保護を受け、岐阜の歴史の転換点において権力者たちと深く結びついてきた。地域における最大の催事は、毎年4月に執り行われる「岐阜まつり(伊奈波神社例祭)」で、豪華な山車や神輿が街を練り歩く地域の象徴的な行事のようだ。
伊奈波神社の参道エリアでは、地元の有志らが立ち上げた「岐阜まち家守」が中心となり、歴史ある古い町屋のリノベーションを進めている。元写真館を活かしたクラフトビール醸造所では、地元食材を使ったビールを片手に住民と来訪者が交流する。さらに古民家を再生したモールには、こだわりの天むす店や鯛焼き店などを呼び込んだ。こうした景観形成に寄与する活動や歴史文化の継承が評価され、岐阜市景観賞や地域再生大賞優秀賞を受賞するほか、都市再生推進法人にも指定されている。個性的な食の店舗群と再生空間が一体となり、かつての門前町の景観を残しながら新たな人の流れを少しずつ生み出している。
岐阜公園では行政が整備を主導する従来の空間とは異なり民間店舗の出店を取り入れている。雑草に覆われていた清水緑地で感じた管理面での課題とは対照的に、日常的に人々が滞在する持続的な活気を生み出している。どの場所でもできることではないのだろうが、行政の直営や補助金に頼らず民間の活力を引き出すことは、管理負担を軽減し地域の魅力を高める上で極めて重要だと思う。
岐阜公園のほど近く、正法寺の境内に鎮座する「岐阜大仏」は、高さ約13.5メートルを誇り、そのあまりにも巨大なスケールに、圧倒された。日本三大大仏の一つに数えられることもあるとのことで、その真偽については諸説存在するとは思うが、日本最大級の乾漆仏であることに変わりはない。竹の骨組みに経典が書かれた和紙を張り、漆を塗って金箔を施した独自の構造で作られており、間近で見るその姿は圧倒的な迫力がありながら、優しく包み込むような雰囲気を与えてくれた。
駅北口エリアに広がる玉宮通りや長住町通り周辺、そして多数の飲食店が軒を連ねる「岐阜横丁」の一帯は、数百軒規模の多様な飲食店が密集する市内屈指の活気ある歓楽街になってた。かつて中心市街地の商業を支えたであろう本町問屋街から、時代の変化とともに街の求心力や商業の重心が駅北口のより東側のエリアへシフトしていった歴史の変遷がうかがえる。一方で、夜の賑わいが色濃いこのエリアの早朝には、街を美しく保つため熱心にゴミ拾いを行う親子連れの姿が多く見られたが、地域住民の手によって日常の環境やモラルが支えられている側面もあるのだろうか。
長良川沿いに歴史的な町並みが美しく整備されている川原町エリアは、歴史的な街並みが丁寧に意識されている。埼玉県の川越が収めた観光地としての大きな成功を契機に全国各地で同様の取り組みが増加したのだろうか、多治見のオリベストリートと同様であるが私が訪れた日中の時間帯は、観光客の姿を見かけることはなかった。さらに、鵜飼の案内所へと向かう一連の歴史的街並みはどこか人工的な演出が強く感じられ、個人的には舞台のセットのように作り込まれた空間であるかのような印象を受けたのだが、なぜだろうか。
写真は川原町にある十六銀行のATMの様子。明治10年に全国16番目の国立銀行として誕生した「第十六国立銀行」をルーツに持つ十六銀行は、地域の民間資本や市民の力によって設立されて以来、岐阜の経済発展を長きにわたって支え続けてきた。そうした歴史的背景や地元経済における深い結びつきがあるからこそ、川原町という伝統的な景観を守るエリアにおいては、単なる利便性にとどまらず、街並みの美しさや歴史的規範に徹底して調和する姿勢が自然と現れるのだろう。この様な地方都市の地域づくりにおいて、成功している事例には、地域金融機関の積極的な関わりが重要な要素となっている例が多い印象がある。
岐阜市役所の新庁舎は、設計を佐藤総合計画・司・Ai設計共同体が担当、分散していた複数の機能を地上18階建ての高層棟へと集約したもの。外観は丸みを持たせた柔らかな形状が印象的で、高層でありつつ威圧感を感じることがない。また、屋外からアクセスできる2階のテラスや4階の屋上庭園「みどりの丘」が設けられていて、市民が気軽に立ち寄り滞在できる空間を意識している(実情は分からないが)ようだった。さらに、「みんなの森 ぎふメディアコスモス」との間に設けられた市役所前広場は、開放的なオープンスペースとして整備され、この日も親子連れの姿を見かけた。
「みんなの森 ぎふメディアコスモス」は、岐阜市が事業主体となって整備を進めた公共施設で、設計は木造屋根の美しさや優れた公共建築の設計で知られる世界的建築家の伊東豊雄氏が担当している。建物は、岐阜県産の東濃ヒノキを用いた波打つ木製格子の屋根が最大の特徴で、内部には半透明の膜素材による「グローブ」と呼ばれる傘状の空間が点在し、開放感と心地よい一体感を創出している。総事業費は約122億円、その優れたデザインや地域材を活用した持続的な建築思想が高く評価され、これまでに国内外の数々の建築賞を受賞している。
メディアコスモスは岐阜市立中央図書館を核に置いた複合施設であり、その1階には市民活動交流センターや多文化交流プラザ、市民サービスセンターなどの行政機能や相談窓口がまとめて配置されている。オープンなローカウンターが採用された窓口は非常に開放的な雰囲気を醸し出しており、生活に身近な公共サービスが広々とした空間の中に巧みに溶け込んでいた。当日は日曜日であるにもかかわらず、窓口に多くの市民や幅広い世代の利用者が訪れて活気を見せていた。
メディアコスモスの2階に位置する岐阜市立中央図書館には、約70万冊が収蔵されており、開架式で本と親しみやすい広々とした開放的な空間が広がっている。館内には、市民の知的好奇心を刺激する多様な滞在スペースが設けられ、運営面では図書館流通センターなどの民間事業者が持つノウハウを活かした個別相談、機器を活用したスムーズな貸出管理、さらには子供が本好きになるための体験型イベントや企画展示が実施されていた。当日は日曜日ということもあり、熱心に勉強に励む多くの学生たちの姿が見られたほか、特別に市長による絵本の読み聞かせが開催されるようで、会場は多くの親子連れで温かな賑わいに包まれていた。
メディアコスモスの館内には約200名を収容できるホールが設置されており、この日はピアノ発表会に利用されていた。このホールは大規模な舞台機構を持たないシンプルな造りになっており、日常的な集会やイベントに対応する簡易的な機能を持つスペースである印象を受けた。また、館内にはホールだけでなくギャラリースペースも併設されており、市民の多様な表現活動を支えている。これらの機能はあえて高機能な設備を求める専門的な発表を視野に入れない設計となっていると思われ、市出身のプロフェッショナルを招く意味で高機能化を目指す風潮もあるとは思うが、市民が日々の活動の中で気軽に使いやすい手頃な規模感と利便性を備えている点にこそ、地域に開かれた公共施設としての重要な意味があると感じた。
柳ヶ瀬通りは、圧倒的な賑わいはすでに失われ、長年にわたる空洞化の影が色濃く落ちていた。シャッターを下ろした店舗や空き地が目立つなど、中心市街地としての衰退が深刻な状況に陥っていて、それに伴って地価の下落傾向も続いており、例えば柳ケ瀬通1丁目付近の公示地価は約16万7千円(坪単価約55万円)前後にとどまるなど、バブル期には1平方メートルあたり数百万円を超えていたとされるかつての勢いを失い、かつての圧倒的な賑わいはすでに失われていた。通りに架かるアーケードは両側から屋根を支え合わせて支える構造で作られており、一度設置すると撤去することが困難な仕組みになっている。その大規模で統一感のある骨組みを見ていると、中心市街地の成功例の筆頭である高松市の丸亀町商店街の様に先進的な成功事例であっても、20年後には同じ課題に直面するのではないか。巨大な商業空間を持続的に維持していく難しさと、営みを更新する人の重要性について考えさせられた。
この日はちょうど、柳ヶ瀬通りで定期開催されている「サンデービルヂングマーケット」であった。この催しは、地元の建築士らが立ち上げた「柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社」などの民間主体により運営されている。優れたリノベーション手法やこだわり抜いた出店者セレクトで、新しいモノやコトを生み出す場として評価され、2022年度にはグッドデザイン賞を受賞している。イベントの当日は来訪者で賑わいを見せ、数個の魅力的な店舗がこの場所に根を下ろしていく一方で、柳ヶ瀬通り全体として眺めると、アーケード街の停滞感や地元の商勢そのものの機運が変わったようには感じられなかった。だからこそ、限られた点的な賑わいづくりにとどまらない、柳ヶ瀬の広すぎるエリア全体を再生することの圧倒的な難しさを深く感じさせられた。
柳ヶ瀬商店街の中心部に位置する「柳ケ瀬グラッスル35」は、構想35年、総事業費約220億円をかけた市街地再開発事業。事業主体は再開発組合で、大京や大和ハウス工業が参画している。1・2階の商業施設のほか、子育て支援施設「ツナグテ」や保健センター等の公共施設、上層部には全335戸の分譲マンションが整備されている。薄暗い周囲のアーケード街の中で、ガラス張りのタワー周辺だけが近代的な光を放ち異質なコントラストを見せている。公共テナントによる確実な集客はあるものの、多治見ながせ通りで見たような「顔の見える賑わい」はなく、店舗のコンテンツと目新しさのみで人々を惹きつけ続けられるかという懸念を持った。一人の来訪者として街の文脈や個性を探る視点からも、特にこの場所に来なければ、という魅力的なコンテンツは見出せなかった。

【まちあるき私的指標】
 本スコアは、実際に歩いた際の実感に基づく個人の主観的な評価です。
 歩行空間の質:★★★★★
 滞在の快適さ:★★☆☆☆
 街並みの活力:★★☆☆☆
 官民の繋がり:★★★☆☆
 都市の物語性:★★★★★

【都市診断:5つの私的指標の解説】
 歩行空間の質:道の広さや安全性。誰もがストレスなく歩ける環境か。
 滞在の快適さ:居心地の良さ。ベンチやポケットパークなど、留まりたくなる仕掛け。
 街並みの活力:1階部分の質。街に開かれた店舗、持続的な賑わい。
 官民の繋がり:連携の質。道路と私有地の一体感、空間を使いこなす。
 都市の物語性:ストーリー性。歩くことで感じる街の歴史や深み。

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