沼田市|分断されたまちは何によってつながってきたのか|まちある記051

沼田は真田家が城下町として開いた土地で、
四百年前に当主が定めた町割りが今も残る。
街の西側には国道十七号線が商業を支配し、
街の東側には沼田インター周辺が力を持つ。
二つの郊外核に挟まれた狭間の形の中心街。
そして駅と市街の間は河岸段丘による分断。
大型店の跡地では市役所や図書館を開設し、
市にゆかりの大正ロマン建築を新たに移設。
しかし点として佇む拠点は内へと閉ざされ、
歩いて向かう人々は市街地から消えたまま、
それぞれの点が線として繋がる気配は薄い。
だが十日後に沼田まつりが控えたまちでは
地元の店先に祭りへの気運が高まっていた。
祭りの当日が訪れればこの町割りがきっと、
歩行者天国となり全く違う顔を見せるはず。
天狗みこしと山車がゆっくりと街道を進み、
真田の武者行列は四百年前の道筋をなぞる。
消えかけていた歩行の記憶が蘇るのだろう。
行政も市民も商人もそして次世代の若者も、
祭りの日だけは共通の目的で結びつくはず。
市外へと移り住んだ人すらも故郷へ戻され、
新たに移住した若い起業家も地域へ加わり、
まつりが新たなつながりを育むのだろうか。
便利さを追うロードサイドでは味わえない、
沼田という土地の誇りがこの中心街にあり、
その誇りを年に数回のまつりで思い起こす。
そうやってまちが続いてきたのではないか。
日常では閉じていても機運は既に動き出し、
足で確かめたのはその予兆の手触りだった。
まつりが地域の絆を結ぶのだと思い起こし、
つながりを作り直す特別な日だと気づいた。

JR沼田駅西口は、段丘崖の上にある旧城下町や市街地とは物理的に隔てられた最低段の低地に位置している。歴史的には利根川の水運や製材業の集積地として機能したエリアで、現在は閑静な住宅地としての用途が中心。周辺は緑地や山林が近接する立地特性を持っていて、近年でもクマの目撃情報が記録されるなど、都市構造の周縁部かつ自然環境との緩衝地帯としての特徴を有する。
JR沼田駅東口は、比高差約70メートルの段丘崖の上に広がる真田の城下町へ続く玄関口である。駅前はコンパクトな空間構成となっており、ロータリー周辺では数件の個人飲食店や個人商店が営業を継続していた。沼田駅の1日平均乗車人員は1990年代前半には約4,000人台を記録していたが、モータリゼーションの進展や上越新幹線への移行、人口減少の影響を受け、現在は1,000人台後半まで減少している様子。主に住居機能や自然との緩衝地帯として機能する西口に対し、東口は城下町や行政核へのアクセスターミナル、および鉄道利用者に向けた最小限の商業機能を担う側として都市的役割が明確に分かれている。
JR沼田駅周辺は、江戸時代の利根川いかだ流しをはじめとする水運、そして1924年の上越線開通を契機として、100年以上にわたり利根沼田地域の森林資源を集積する木材流通・製材業の拠点として栄えてきた。沼田市は1950年代の市制施行期より豊富な森林資材を背景とした「林業の市」として群馬県内屈指の木材生産・加工実績を誇る。上越線開通からちょうど一世紀が経過した現在でも、駅周辺の低地部には製材工場や木材関連企業の作業場が現存していた。
旧沼田城下町の総鎮守として崇敬を集めてきた、駅北側の榛名町に鎮座する榛名神社。市街地において、榛名神社が城下町の北西側に位置するのに対し、もう一つの主要社である須賀神社は南東側に位置している。両社は四百年前に整備された真田氏の町割りにおいて、市街地の東西・南北で補完し合い、城下町の精神的・空間的境界線を形成してきたのではないか。毎年8月3日から5日に開催される「沼田まつり」では、須賀神社の大神輿とともに、榛名神社に奉納されている大神輿が中心街の街道へ巡行する。両社の神事・催礼が合一して執行されることで、普段は独立した点として存在する神社と旧城下町の街道網が一時的につながり、市街地全体を一本の歩行軸にしている。
沼田の市街地は、利根川および片品川の浸食によって形成された河岸段丘上に位置する。JR沼田駅や旧木材集積地が広がる標高約280〜300mの低地部は通称「下町」、段丘崖の上部、標高約350〜370mの平坦面に広がる旧城下町や市街地コアは通称「上町」と呼ばれる。 両地区の間には比高差約70mにおよぶ急峻な段丘崖が存在し、この地形的制約が「上町」と「下町」を大きく分断している。自動車交通は迂回する急勾配の坂道に依存する一方、崖の傾斜地には両地区を最短距離で直接連絡する徒歩専用の階段状の坂道が設置されている。河岸段丘という極めて高低差の大きい地形において、高低差のある二つの都市領域を垂直方向かつ直線的に繋ぐ歩行導線として機能している。
沼田城は16世紀前半に築城され、1590年に真田信幸が入城して以降、5層の天守建造と城下町の整備が行われたと伝わる関東屈指の城郭。現在、城跡の主要部は「沼田公園」として保全され、曲輪や掘の遺構、移築された旧生方家住宅(国重要文化財)などの歴史的ストックが配置されている。市民や関係者からは天守再興を求める声も存在するようだが、現実的な整備推進には課題が多いと想像する。日常の公園内は都市公園として静寂が保たれ人通りは限られるが、毎年8月の「沼田まつり」では真田武者行列の出立拠点や催事会場として活用される。平時は静置された歴史空間であるものの、祭礼時には歴史的文脈を再認識させる拠点として機能する。
沼田市立図書館は、再開発ビル「グリーンベル21」の再整備に伴い、2019年に同ビルを取得・改修して誕生した複合防災立体庁舎「テラスぬまた」の5階へ移転・開館したもの。旧店舗撤退後の中心市街地における大型空き店舗の再活用事業として実施された。蔵書数は約37万冊、利根沼田地域の拠点図書館として機能している。館内は市庁舎や市民活動スペースと直結していて、行政手続きのついでに利用できる複合施設型の利便性があると評価できるが、日用品の買い物ができる機能が無いのは少々残念。また、郊外型大型店への顧客流出に伴う中心部の歩行者減少のなか、本施設が単体で市街地の回遊性を創出できるような工夫は特に見られなかった。
現在の沼田市庁舎が入居する「テラスぬまた」は、1993年に核店舗「沼田サティ」を配して開業した再開発ビル「グリーンベル21」を前身とする。サティ撤退後の商業撤退や全館閉鎖を経て、老朽化・耐震化が課題となっていた旧本庁舎の移転先として市が購入。改修費約53億円を投じ、2019年に庁舎等複合施設として再整備された。1階フロアにはFM局スタジオ、金融機関窓口、売店、市民活動スペースが配置され、交流機能を担う設計とされている。しかし実態としては、多くの来庁者が隣接する立体駐車場と目的階(窓口・図書館)を施設内で直接往復する利用にとどまっているように見える。1階フロアや周辺商店街へと歩行者が日常的に回遊・滞留する導線としては十分に機能していると言えず、自動車移動に伴う点的な施設利用にとどまる課題が残るのではないか。
大手前通りは、沼田城の大手門から真田氏の城下町中心部へと真っ直ぐ伸びる歴史的な基幹道路であり、その突き当たりには沼田城三の丸跡に建てられた沼田市立沼田小学校が位置する。このエリアは江戸時代から行政・教育・居住の中心地として機能してきた空間的な構造を持つと思われ、通り沿いには伝統的な商家や個人商店が立ち並ぶ、主要な商店街だったと思われる。しかし現状では、長年営業を続ける老舗店舗が残る一方、後継者不足や店舗の廃業に伴う空き店舗・空き地の点在が目立つように見えた。日常的な購買需要が郊外へシフトしていることで、中心商業地としての役割は違う役割に変化していて、高齢化が進む静かな住宅地へと変わったようだった。
県立沼田女子高等学校には、1921年の開校以来、2万1,000人を超える卒業生を世に送り出した歴史がある。主な卒業生には声優の野沢雅子氏や、東京23区初の女性区長を務めた中山弘子氏が名を連ねる。少子化に伴う県立高校再編で2025年3月末をもって閉校、県立沼田高等学校と統合された形で移転・再編されたが、統合直前の全校生徒数は約300〜400人規模で、閉校に伴いこれらの生徒および教職員の活動がこのエリアから消えたことになる。旧校舎等の利活用は群馬県と沼田市が検討しているのだろうが、建設費の高騰が止まらない現状で何ができるのだろうか。いずれにしても、跡地をどう利用するかで、今後の沼田市が大きく変わることだけは間違いない。
市上之町の東和銀行沼田支店隣接地に、歴史的景観の再現整備区域として大正浪漫エリアが広がっている。市指定重要文化財の旧土岐家住宅洋館や旧沼田教会の移築・復元をはじめ、旧日本金融通信社などの看板建築のファサード整備事業として、旧久米邸洋館の移築プロジェクトを含め、市積立金や補助金を活用して数億円規模での整備が行われた。歴史的建築物の保護・移築事業としての側面を持つ一方、観光客の回遊や滞留時間を伸ばす面的な商店街形成には至っていないのではと思われるので、整備費用に対する集客や中心市街地活性化への投資効果が、市議会等においても厳しく問われているのでは無いだろうか、と老婆心ながら推察する。
大正浪漫エリアの洋館移築が進む上之町には、かつて「カタヤマ玩具店」が所在していた。同店は一般的な玩具類に加え、プラモデルや鉄道模型などの広範かつ特異な品揃えを誇り、多世代の顧客を集めるまちの名物店舗として市外でも知られていた。しかし、店主の高齢化や中心部の歩行者減少等に伴い閉店、老朽化した建物の解体工事が実施された。中心市街地の再生や安全な都市空間形成に向けた街の新陳代謝の一環として進められた撤去である一方、長年地域に親しまれた歴史的店舗の消失に対し、郷愁を抱く市民も多く存在することは想像に難くない。旧城下町の文脈を継承する店舗の記憶と、洋館移築等による新たな景観整備が交差する、街の転換点を示す事例である。
榛名町交差点に面する「天狗プラザ」には、沼田まつりのシンボルである迦葉山大天狗面が奉安されている。敷地周辺には真田の六文銭をあしらった幟旗も配置されており、沼田市が推し進める観光まちづくりの方針が空間的に表出した施設なのだろう。本施設は、平時での観光アイコンとしての機能と併せて、沼田まつり時には地域のアイデンティティを象徴する重要拠点であると推察するが、同じ中心市街地内において「真田の戦国・江戸初期の歴史的文脈」と、「大正浪漫エリアの近代洋風建築群」が混在する展開を見せているのは、都市のブランディングや観光ストーリーとしての整合性・回遊性の面でいかがなものなのだろうか、といささか危惧する。
群馬県内において、焼きまんじゅう(沼田周辺では味噌まんじゅう)は日常的な和菓子店や日常品店ではなく、串焼き・販売を専門とする店舗形態で維持されてきた歴史的・業態的特徴を持っている。全国の郷土菓子・粉物文化のなかでも、特定の単一品目に特化した常設専門店が地域内に多層的に存在する事例は極めて珍しいのではないだろうか。その一角をなす「河内屋菓子店」は、1924年に創業した100年余の歴史を持つ老舗店舗である。ここでは、伝統的な味噌まんじゅうを中心にしつつ、かりんとうまんじゅうや季節の創作和菓子なども製造・販売されていた。
写真に写る会館に記載された材木町の町名は、1590年代の真田信幸による城下町整備に伴い、木材を扱う職人や商人が集積した地割に由来する。隣接する神明宮は、1612年に沼田城内から移転した旧沼田町一番地の鎮守であり、大手筋の守護神として地域精神の基軸を担ってきた。なお、背景に見える宿泊施設は、地元運営の「ホテル ベラヴィータ」から大手チェーンへ転換された。こうした地元資本から大手チェーンへの事業譲渡・運営変更は全国的な潮流であり、自らの身近な地域においても多くのホテルが大手資本へ移行している実態と重なる。
フリアンパン洋菓子店は1949年創業の製菓店を起源とし、1972年に開発されたソフトフランスパンに味噌ダレを挟む「みそパン」を看板商品とする。同店は自動車社会化に対応し、郊外のバイパス沿いに大規模駐車場を備えた「郊外1号店」を開店するなど、早い段階からロードサイド立地へ出店軸足を移した。一方、1907年創業の和菓子店をルーツとし、伝統的な手焼きバウムクーヘンで知られる「樫の木」は、中心街に店舗を維持し続けている。なお、市街地から郊外への出店は、みなかみ町温泉街に拠点を置く「小荒井製菓」(1926年創業)でも同様。 自動車での来店を意識した広域での集客と、中心市街地における地元定着型の店舗維持という対照的な立地戦略は、各店舗の考え方によるもので功罪は述べられないが、「これを契機に街が衰退した」という地元の声も実際に聞くところであり、その影響は小さくないと思われる。
沼田高等学校(旧沼田高校および旧沼田女子高校の統合校)の正門前に位置する「角田精肉店」は、精肉販売を看板に掲げているが、その立地からも、高校生を主な対象としたコロッケやハムカツなどの揚げ物調理惣菜が主力商品だと思われ、店頭の掲示や商品配置はまさに、放課後の生徒による買い食いを意識した構成となっている。また、店内には同校卒業生等のサイン色紙が展示されており、その中にはショート動画を中心にグローバルな人気を集め、チャンネル登録者数3,000万人を超える調理系クリエイター・Bayashi(バヤシ)氏のサインも含まれていて、卒業生からも愛されていることが伝わって来た。
関越自動車道沼田インター周辺は、大規模駐車場を備えた大型商業施設や飲食店が集積するロードサイド型商業ゾーンである。伝統的な中心市街地から自動車で数分の距離(約2〜3km)にこの集積地が隣接している点は、沼田市の都市空間における大きな構造的特徴と言える。また、同インター周辺は全国トップクラスの集客力を誇る「道の駅川場田園プラザ」への主要なアクセスルート上に位置している。強力なロードサイド集積と観光通過交通が主軸となる中、歩行者を前提とした伝統的な中心市街地への日常的な域外客の呼び込みや回遊促進には構造的な難しさがある。この構図に対抗するために、特別なイベントによる街全体の非日常化が有効な施策として残されたのだろうと推察する。
沼田駅前に位置する「松乃家」にて昼食をとる。十割蕎麦に舞茸と南瓜の天ぷらがつく舞茸天ざるが1,050円で提供されている。過度な商業的演出を排した価格と内容は、駅前エリアの生活に密着した営業姿勢を体現していると思う。なお、隣接するカフェスペースは、同一の調理場で効率的に運営されているものと推察される。郊外の大型集積での飲食店展開とは異なり、駅前の日常的な空間と機能を象徴する事例で、今回の旅の幕を閉めることとする。
沼田駅は1924年に開業し、古くから奥利根・尾瀬方面への玄関口および通学・通勤の地域輸送を担ってきた。ホーム上には手前に迦葉山の大天狗面が設置され、奥には真田家の六文銭をあしらった幟旗が配置されている。日中の利用客の大半を通学の高校生や地元住民が占める日常的な鉄道路線空間において、こうした装飾は、市が広域に向けて展開する観光施策の意図を可視化している。中心市街地の天狗プラザや城下町整備と連動し、史跡・伝統行事を前面に打ち出す姿勢が明確に現れているだけに、街中における大正浪漫エリアの必要性は十分には感じ取ることができなかった。

【まちあるき私的指標】
 本スコアは、実際に歩いた際の実感に基づく個人の主観的な評価です。
 歩行空間の質:★★★☆☆
 滞在の快適さ:★★★☆☆
 街並みの活力:★★☆☆☆
 官民の繋がり:★★★☆☆
 都市の物語性:★★★★☆

【都市診断:5つの私的指標の解説】
 歩行空間の質:道の広さや安全性。誰もがストレスなく歩ける環境か。
 滞在の快適さ:居心地の良さ。ベンチやポケットパークなど、留まりたくなる仕掛け。
 街並みの活力:1階部分の質。街に開かれた店舗、持続的な賑わい。
 官民の繋がり:連携の質。道路と私有地の一体感、空間を使いこなす。
 都市の物語性:ストーリー性。歩くことで感じる街の歴史や深み。

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