犬山市|歩けるまちなかは、何故成長できるのか|まちある記055

名鉄犬山駅を降りて犬山城へと歩き始める前、
生活と商業機能が集積している駅東口を歩く。
再整備された街区には店舗が連続して並んで、
マンション群が駅東口の風景を形作っている。
西口は城下町へと続く歩行者の動線が伸びて、
本町通りへ人の流れが絶え間なく続いていく。
無電柱化された街路の景観が穏やかに広がり、
町家を活用した店舗が街路に軒を連ねている。
空き店舗にも新たな利活用の動きが広がって、
歩行者が自然に滞留できる街路空間を形作る。
まちづくりの担い手は前に出てこないけれど、
街で食べ歩く人々自体が次の回遊を生み出し、
店舗の入れ替わりが街区の新たな活力を創る。
本町通りから周辺街区へと人の流れが広がり、
路地裏も新たな出店の動きが見え始めている。
駅と犬山城とを結ぶ歩行者空間が形成されて、
木曽川沿いに国宝犬山城が静かに建ち続ける。
観光と生活と交通が都市空間の中で交差して、
名鉄はまちづくりの一員として機能している。
郊外では大型商業施設群が機能を分担しつつ、
歩くことでしか体験できない魅力を深化させ、
この街では街区の新陳代謝が今も続いている。

名鉄犬山駅東口の周辺は都市再生整備計画に基づき犬山市によって整備されたもの。平成31年度から令和5年度までの全体事業費として約3億5,000万円を投じた事業となっているようである。また、東口の正面には1988年開業の商業施設「犬山キャスタ(ヨシヅヤ犬山店)」が立地していて、民間の商業機能に加えて2階には市が設置した子ども屋内遊戯施設があり、商業と子育て支援を兼ねた用途に活用されている。なお、これらの施設や東口エリアの機能は、観光客向けではなく主に地域住民向けの日常生活や子育てを支える用途となっている。
名鉄犬山駅の周辺におけるマンション等の居住環境の整備においては、鉄道事業者である名鉄グループ(名鉄不動産等)が深く関与している。駅周辺では、名鉄グループが手がけた駅直結の賃貸マンション「エスタシオン犬山」をはじめとする住宅開発が行われてきた。これらのマンションの低層階や周辺のテナントには、生活に密着した店舗がほぼ埋まる形で立ち並んでおり、都市機能が集積しながらも未だ人々の確かな生活実態や日常の営みが見えるエリアとなっている。
市民交流センター「フロイデ」は、公共施設の再配置や活用の一環として犬山市が事業主体となり、従来の犬山国際観光センターを大規模に改修して整備された施設。令和2年4月に、市民交流および協働のまちづくりを推進する拠点としてリニューアルオープンした。この再編に伴い、既存の「市民活動支援センター」の機能や、廃止された「福祉会館」に入っていた社会福祉協議会および適応指導教室などが館内へ統合・移転されている。特筆すべき機能として、最大352人を収容しレイアウトを自由に変更できる可動床式の「フロイデホール」、本格的な茶室や和室、フィットネス施設などが備えられている。整備にあたり改修工事等が実施され、総事業費は約3億2,000万円。運営は犬山市の直営及び一部業務の外部委託が組み合わされている。
犬山市庁舎は、老朽化した隣接の旧庁舎の建て替え計画として、平成21年10月末に竣工した。設計は久米設計、施工は竹中工務店が担当し、総事業費は約50億円規模を投じて整備されている。建物は地上7階建て(地下1階)の構造で、地震時の防災拠点としての機能を維持するため基礎免震構造が採用された。外観には国宝犬山城や城下町の町家を意識した瓦調外壁や切妻屋根が取り入れられ、周辺の景観と調和したデザインとなっている。なお、行政組織の特徴としては、城下町としての歴史的資源や景観を生かしたまちづくりを専門的に担う「歴史まちづくり課」が設置されている点が挙げられ、他市では文化財保護や観光行政の中に埋もれがちな歴史的市街地の維持・活用に特化した組織体制が敷かれていた。
犬山市立図書館は、市民の読書活動や学習の拠点として整備された公共施設。市街地における中核的な文化・教育インフラとして、1990年(平成2年)7月31日に竣工、同年10月2日に開館した。総事業費は約22億8,000万円が投じられている。蔵書数は生活に即した一般書や児童書などを含めて約24万冊を揃えており、愛知県内の自治体立図書館の中でも比較的充実した蔵書規模に位置する。運営上の特筆すべき点として、子ども向けの読書空間「ブックキャンプ」や小中学生向けの調べ学習エリア「まなびのコテージ」など、世代別のニーズに応じたゾーニングや学習支援機能が充実している。
名鉄犬山駅の西口は都市再生整備計画に基づき犬山市によって西駅前広場などの整備が進められた(事業としては平成31年度から令和5年度にかけて実施され、駅西口周辺の整備を含む全体事業費は約3億5,000万円)。犬山駅全体の乗降客数は年間で約550万人(1日平均では約1万5千人前後)とされ、名鉄犬山線の主要な結節点となっている。 東西口の性質の違いとして、東口が商業施設や市の子育て支援機能、マンションなどが集積し、市民の日常的な生活や子育てを支える性格を持つのに対し、西口はロータリーを中心とした交通結節点であるとともに、国宝犬山城や城下町へ向かう観光客の主要なアクセスルートとしての機能が与えられている。ただし、駅周辺の空間自体は比較的落ち着いた佇まいを見せており、観光客の動線と地域住民の静かな生活動線が同居するエリアと考えられる。なお、西口周辺においては、東口側のような名鉄グループによる直結型マンションや大型商業施設の開発ほどの特掲事例は見られず、主に市による公共的な駅前広場や周辺の都市基盤整備が中心となっている。
下本町エリア(稲置街道沿い)に佇む「タカラヤビル」は、かつて家具店として親しまれた5階建ての建物であり、約1年をかけたリノベーションを経て生まれ変わったスポット。周辺でシャッターを閉じた店舗が増える中、この建物にはものづくりの作り手やクリエイターが自主的に集い始めていた。1階には家具職人の作業スペースや空間デザインの拠点となるコワーキング工房が設けられ、2階には自然光を取り入れたフォトスタジオが入居している。さらに、空間の記憶や躯体を活かしながら、モバイル型のコーヒースタンドなどのテンポラリーな出店も行われており、一見すると廃墟のような通りに新たな賑わいと現代的なカルチャーを生み出す象徴的な拠点となっていた。
「パンとエスプレッソと犬山城(写真手前)」と「タカラヤビル(写真奥)」は、対照的な景観アプローチを示している。前者は文化財を活用し、歴史的風致維持向上計画等に配慮した景観形成によりリノベーションが行われていると推察する。後者は城下町外のコンクリートビルをそのまま残し、クリエイターが自主的にリノベーションして現代的カルチャーを生み出す。前者は正統な歴史的景観の保存、後者はストック建築の現代的活用であり、この双方が共存することで、犬山市のまちなかに多様で重層的な都市景観が形成されている。
本町通り沿いに位置する「INUYAMA SWEETS GARDEN」は、高い購買力を持つ観光客や来街者が集うエリアにおいて、民間の自由な発想によって展開されている民間主導の集客事業である。施設内には多彩なスイーツやフードを提供する店舗が並び、(少なくとも前日の日曜日は)多くの観光客でにぎわいを見せていた。訪れた人々は思い思いのお気に入りのスイーツを手に取り、城下町の散策を楽しみながら味わうなど、エリア全体の回遊性と滞在価値を高める新たな賑わい拠点として機能している。
針綱神社は、延喜式神明帳にも名を連ねる濃尾の総鎮守。織田信康が安産祈願として手彫りの犬を奉納した故事から子授けや安産の神として知られる。元々は犬山城天守閣付近にあったが、城の築城等を経て明治15年に現在地へ遷座したと伝えられている。江戸時代には犬山城主成瀬氏の祈願所となり、城下町の精神的支柱を担ってきた。ユネスコ無形文化遺産に登録される犬山祭の例祭を通じ、豊かな伝統と活気を現代に伝えている。
三光稲荷神社は、かつて犬山城主である成瀬家の守護神として篤く信仰されてきた歴史を持つ古社。商売繁盛や家内安全に加え、近年は境内の「姫石」やピンク色のハート型絵馬が並ぶ縁結びのスポットとして、多くの参拝者や観光客を集める。元々は別の場所に祀られていたと伝えられ、時代の変遷や城下町の再編を経て現在地へ遷座し、現在は犬山城の麓という観光の要衝に位置している。武家社会に由来する重厚な歴史的背景を持ちつつも、その時々に訪れる来訪者のニーズに合わせて新たな魅力や賑わいを創出する、城下町のまち歩きには欠かせないスポットとして順応していた。
犬山城へと至る道中に設置されている観光案内板は、極めて簡潔な日本語と分かりやすい英語で構成されている。近年のインバウンド対応としての側面にとどまらず、全国の地方都市で働きながら暮らす外国籍の労働者が増加している現状において、街の歴史的背景や文化を共に共有する意味で、優しい日本語や外国語による案内表示を作成・整備する社会的価値は一層高まっている。
犬山城の西側、木曽川の清流に面して佇む「灯屋 迎帆楼(あかりや げいはんろう)」は、大正8年に創業した歴史ある老舗料亭旅館。名称の由来は、かつて木曽川を往来する川船や城下町の夜を明るく照らす存在でありたいという願いにあり、古くから多くの文人墨客の定宿としても愛されてきたと言われる。城下町の華やかな表通りや観光の中心地から見れば、国宝犬山城の背後かつ木曽川沿いという、城と川に抱かれた「裏側(静寂のエリア)」に位置する。城下町の喧騒から離れて雄大な自然と歴史的景観を独占できる特別な空間で、現代でも、犬山の歴史と文化を伝える格式高い迎賓の拠点として、独自の存在感を放っていた。
名鉄犬山遊園駅から木曽川遊歩道、彩雲橋を経て犬山城へと至るルートは、雄大な河川景観と歴史的建造物を同時に体感できる、城下町ルートとは別の重要な歩行空間。市が推進する都市再生整備計画(地区名:犬山駅周辺地区)に基づき、木曽川河畔の回遊性向上や歩行環境の改善が一体的に進められてきた。この計画の全体事業費は約3億5,000万円に上り、ルート上に位置する彩雲橋公衆便所の改築なども事業計画の一環として犬山市が事業主体となり実施されている。名鉄については、起点となる犬山遊園駅を通じて多くの観光客を送り出す主要な交通結節点として、事業主体である犬山市と連携が図られているようであった。
名古屋鉄道の犬山橋は、大正14年に竣工した近代日本の交通史を語る上で欠かせない歴史的土木建造物。かつて鉄道と道路が線路敷きを共用する珍しい併用橋として知られ、平成12年の改修を経て現在も鉄道専用橋として活躍している。長大な支間長を誇るトラス構造やオベリスク様式の親柱などに大正モダニズムの面影を残し、周辺の景観と調和した保存修復が高く評価され、土木学会の選奨土木遺産に認定された功績を記す看板が残されていた。
木曽川うかいは約1300年の歴史を持つ伝統漁法であり、かがり火の中での巧みな漁法が夜の川面を彩る。運営体制は犬山市と民間企業の分担による。最大の特徴は、伝統を支える鵜匠を犬山市職員として直接雇用し、人件費や鵜の飼育管理、施設維持までを市の直営的な公費負担で支えている点である。年間約6000万円規模という予算を投じる行政の深い関与により、この伝統が守られている。一方、乗船業務は民間企業が担い、料金は乗船のみの大人3500円から食事付きまで多様である。担い手不足などの課題に対し、官民一体となった持続可能な継承に向けた取り組みが続けられている。
名鉄犬山遊園駅の東側すぐの場所に佇む「パブレスト百万ドル」は、寺院建築等が集まる周辺エリアの穏やかな景観の中で、ひときわ異彩を放つ、強烈な個性を持った老舗の店舗。建物の外壁から装飾に至るまで、店主が手掛けたサイケデリックなペイントや独自のメッセージが隙間なく描かれており、その圧倒的なビジュアルから全国的なB級スポットとしても広く知られているようだった。犬山のディープなカルチャーを象徴する唯一無二のランドマークとなっているのだろう、と想像する。
犬山駅東口から真っ直ぐに伸びる県道186号線の沿線には、大規模な商業店舗やロードサイド型の飲食店が整然と立ち並んでいる。自動車の利便性を最優先に考慮した広大な駐車場や車社会を前提とする店舗配置は、全国の地方都市の幹線道路沿いで見慣れたありふれた風景そのもの。これに対して、反対側に位置する犬山駅西口から歴史ある犬山城へと至るエリアのまちなみは歩行者優先で設計された対照的な風景であり、車中心の郊外型空間と歩行者中心の歴史空間という、現代の地方都市が抱える二面性が、鉄道を境にきれいに区分されていた街だった。
犬山駅東口から伸びる県道186号線の沿線に位置する成田山名古屋別院大聖寺は、千葉県にある大本山成田山新勝寺の名古屋別院として昭和初期に創建された寺院である。本尊には不動明王の木像が祀られており、交通安全や厄除けの祈願所として厚い信仰を集めている。広大な境内が広がる一方で、参道や入口付近の複数の饅頭店はシャッターが下りたままとなっており、シャッターに掲げられた「テレビで宣伝中」の色褪せた文字からは、往時の賑わいの名残と現在の静けさのギャップに言い知れぬ哀愁を感じた。
多治見・岐阜・犬山をめぐる3日間の旅の締めくくりは、犬山市内の「角屋」でいただくランチ。私は厚みのあるボリューム満点な味噌カツ(1,400円)を、妻はサクサクの串カツ(1,200円)を注文した。肉厚なカツにしっかりと絡む甘めの味噌ダレからは名古屋圏内の食文化の強い影響が感じられ、添えられたさっぱりとした浅漬けが良いアクセント。旅の最後にご当地ならではの味わいを心ゆくまで堪能し、思い出深い3日間の旅を締めくくるにふさわしい充実したひとときだった。

【まちあるき私的指標】
 本スコアは、実際に歩いた際の実感に基づく個人の主観的な評価です。
 歩行空間の質:★★★★☆
 滞在の快適さ:★★★★☆
 街並みの活力:★★★★☆
 官民の繋がり:★★★★☆
 都市の物語性:★★★★☆

【都市診断:5つの私的指標の解説】
 歩行空間の質:道の広さや安全性。誰もがストレスなく歩ける環境か。
 滞在の快適さ:居心地の良さ。ベンチやポケットパークなど、留まりたくなる仕掛け。
 街並みの活力:1階部分の質。街に開かれた店舗、持続的な賑わい。
 官民の繋がり:連携の質。道路と私有地の一体感、空間を使いこなす。
 都市の物語性:ストーリー性。歩くことで感じる街の歴史や深み。

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