遺跡をゆく〔番外編:ハノイ紀行➁〕 26100B
古都ホアルー
前回に続いてヴェトナム北部のツアーから、今回はニンビン省にある古都ホアルーについて書いてみます。
ハノイからは南へクルマで2時間ほどの距離にあります。
ニンビン(寧平)省は、地質学的には中国コワンシーチョワン(広西壮)族自治区の桂林から広がる石灰岩台地の南端にあたるホン川(紅河)デルタの上にあります。
先史時代の紅河デルタの低湿地は居住に適さず、山間の標高20mほどにある洞窟が居住地になっていたようで、3万年前まで遡れる岩陰遺跡が確認されているとのことです。
ホアルー(華閭)はニンビン省都で、長きに及んだ中国支配から独立を果たした丁<ディン>朝(968年~979年)と黎<レー>朝(980年~1009年;1428年に成立した黎朝と区別するために「前黎朝」と呼ばれる)の都でした。
古都ホアルー観光のメインであるディンティエンホアン(丁先皇)祠は、群雄割拠を制して968年に皇帝に即位したディンボーリン(丁部領)を祀り、レーダイハン(黎大行)祠は、丁部領が暗殺されてから幼子の摂政となり、宋の進軍を防いで自ら皇帝についた黎桓を祀るもので、いずれも17世紀に再建されたものです。
入口を入ると968年以降の歴史が絵巻物風に塀に描かれています。
二つの祠は隣合せで、いずれも祈祷殿、焼香殿、正殿が縦一列に並んで建てられていますが、祈祷殿、焼香殿といっても門程度の建物です。

屋根には龍の飾り



ショートパンツの拝観者には腰に巻く布を貸してくれる

妃は丁皇帝の后でもあったため、横を向いている?
前黎朝も短命で、黎桓死去後に重臣らが反乱を起こし、黎桓の女婿である李公蘊が皇帝となって李朝を興し、タンロン(現ハノイ)に遷都しました。
さて、ニンビン観光のもう一つの呼び物はカルスト地形が作り出す奇岩巡りです。
同じく石灰岩のカルスト地形からなるハロン湾観光では大小2,000とも3,000とも言われる島々を大小の観光船で巡りますが、こちらのチャンアン(長安)景観巡りでは4人乗りの手漕ぎボートに乗って奇岩の洞窟をくぐりながら川を奥へと進みます。



ニンビン観光では、他にタムコック(三谷)景観巡りというのがあり、こちらは水田が広がる湿地帯に林立する奇岩を同じく手漕ぎボートで巡るようです。

ツアーではこの店でおこげをいただきました
さて、今回のツアーはハノイ近郊にとどまりましたが、古代のヴェトナムを垣間見ることができました。
かつて会社勤めをしていた時に南部のホーチミンシティを訪れたことがあります。ヴェトナムは日本と同様に南北に長く(1,650km)、北は四季があるのに対し、南は年中熱帯の気候です。そして中央部は山地と海岸との間が50kmにも満たないため、南北で文化・風俗にも違いがあるように見えます。
また、平地も日本と同様に少なく国土の25%程度。しかし、北部の農村地帯で見た1圃あたりの耕作面積は広く、機械化も進み、また二期作・三期作、二毛作を行い、生産性は高いようです。

こうした自然環境や社会環境の中で、中国との闘い、フランス統治からの独立、さらには第二次大戦後の孤立などの歴史を乗り越えて、現在は経済発展を遂げつつあります。人口は1億人で、平均年齢は33歳。20~30年前のバンコクや中国の大都市で見た勢いを感じさせます。

