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【短編小説】コンクリートと金魚
父が亡くなって半年が過ぎた。
父は若い頃から肉体労働一筋で、家に帰ってくるといつもポロポロとコンクリートの細かい破片を、まるでヘンゼルとグレーテルみたいに落としていた。無口で、遊びに連れて行ってくれることも少なかった。
夏祭りの夜、久しぶりに母と出かけた。屋台の明かりと人の熱気が胸にぽっかり空いた空洞を覆ってくれる気がした。
金魚すくいの前で、母がふと足を止める。
「お父さんね、若いころは金魚すくいが上手だったのよ」
意外な言葉に、僕は笑ってしまった。セメント袋を担ぐ大きな手と、繊細に金魚をすくう姿が結びつかない。
試しにポイを握る。網が水に沈むと赤い影がするりと逃げた。二度、三度――全部失敗。
「やっぱり無理だな」
そう言って立ち上がると、母が袋を差し出した。中には小さな金魚が一匹だけ揺れていた。
「ほら、あんたに」
どうやら母が僕の背中を見て、こっそりすくってくれていたらしい。透明な袋を透かすと、街灯に照らされた水の粒がきらきら光った。
コンクリートの街で生きてきた父が、もし柔らかな水を手にした夜があったなら、きっとこんな光景だったのかもしれない。
家に帰る途中、母がぽつりと言った。
「大変な人だったけど、あの人なりに、すくいあげたものもあったんだと思う」
僕は黙ってうなずいた。
たった一匹、小さな金魚ぐ尾びれを揺らしている袋は何故か重たくて、けれど優しい温度を保っていた。
