光る眼
夏休みにはいった小学5年生の僕は母の言いつけを守り、夕方には“宿題をやっているふり”を
して、夜ご飯を食べると後片づけを手伝い、
すぐにお風呂にはいり、“髪の毛も濡らし洗ったふり”“歯ブラシも咥えて磨くふり”“とっても聞き分けの良い子のふり”をしていました。
居間でテレビを見ている父と母に「おやすみなさい」と挨拶をして、夜の9時には自分の部屋に行き布団に潜り込みました。
30分ぐらいすると、母が寝ているか確認に来ます。僕の部屋は1階にあり、エアコンなどなかったため窓を全開で寝ていました。
母の見回りが済むと僕は静かに起き上がります。
そして、押し入れに隠してあった服に着替え、窓の外に置いておいた靴を履き、窓からこっそりと家を抜け出し、自転車で目的地の河川敷向かいました。
自転車の前かごには、懐中電灯・虫かご・虫取り網・煮干し・鰹節・夕ご飯で食べ残った魚の骨(わざと骨に身を多めにつけて食べてある)が入れてあります。
家の近くは音のしないように静かに自転車を押します。
家の居間からはテレビと父の笑い声が聞こえています。
テレビの音が聞こえなくなると、自転車にまたがり全速力で目的地に向かいました。
まずは橋の上の街路灯です。
街路灯の下には、光に集まってきたカナブン・カブトムシがいました。
カブトムシを捕まえると、
今度は小さな懐中電灯の明かりを頼りに川に向かいます。
堤防を乗り越えると河川敷には“小さな森”が広がっていました。
この当時の河川敷は整備されておらず、
川の河川敷には、アカシヤ、クヌギなどの木とススキなどのカヤが生えていました。
この森には昆虫・タヌキ・ヘビ・フクロウもいました。
堤防を乗り越えると、自分の背丈ほどのカヤの草むらがあらわれました。
そこに壊れた自転車とテレビが落ちています。
その自転車をずらすと、森へ秘密のトンネルがでてきます。
草をかき分けながらそこに入っていくと大きな柳の木がありました。
懐中電灯でヤナギを照らし、そして木を力いっぱい蹴ると、
バタバタと虫たちが落ちてきました。
音を頼りに地面に落ちた虫たちを懐中電灯で探します。
カナブン・カブトムシだけではなくノコギリクワガタ・ミヤマクワガタもいました。
次は大きな枝の分かれ目にできた樹洞を懐中電灯で照らし、虫たちを探します。
樹液に集まった虫たちのなかから、クワガタ・カブトムシを捕まえます。
この木は僕の秘密の場所です。
ものの10分ほどで虫かごはいっぱいになりました。もう少し捕まえたいのですが、11時頃見回りにくる母にばれないため虫取りはおしまい。
「クロ クロ」大きな声で名前を呼びます。
すると、柳の木の裏の草がザワザワと動きます。
懐中電灯で照らすとキラッと目がひかりました。一つだけです。
そして、草の中からピョコタンピョコタンと
左足だけを上手に使いながら“クロ”が出てきました。クロの片目はケンカの為かわかりませんがつぶれています。
片目しか光らないのでクロだとすぐわかります。
2つ目が光っている時はタヌキです。
“クロ”は暗いのにアバラ骨がわかるほど痩せこけ、黒い毛は艶もなく、
右目はつぶれ、右前足は曲がったまま伸ばすことができませんでした。
僕はポケットから煮干しと鰹節と魚の骨をとりだし、手のひらにのせるとゴロゴロいいながら、
歯もない口からボロボロこぼしながらゆっくりと食べました。
ネコの目はなぜ光る?
ネコには目の網膜の後ろに
タペタムと呼ばれる鏡のような反射板があります。外からの光りは、網膜を通りこの反射板にあたり反射して、再び網膜に戻るため明るさが倍増します。そして、目が光るのは反射した光が見えるためです。
ネコはこのタペタムのおかげで暗い夜の少ない光でもよく見えるのです。
しかし、このタペタムのおかげで日中の明るい光は眩しすぎて見えにくくなってしまいます。
そのため猫の瞳孔は入ってくる光を少なくするために瞳孔をとっても小さくすることができます。
それも瞳孔を丸いまま小さくするわけでなく、
細長く縦長に線のように小さくします。
これは瞼が閉じるのと垂直に縦長で細くすることにより、瞼と瞳孔両方で効率よく光を微調整することができるのです。
ネコの縦長の瞳にはこんな意味があったのです。
食べ終えるとクロは僕の足に頭を擦り付けます。
顎の下を撫でてあげると“ゴロゴロ”
もっと長く居たいのですが、11時には布団に入っていなくてはなりません。
いそいで自転車まで戻り家に急ぎます。
夜中に抜け出すこと6日目、
いつものように家に、窓から部屋には入ると真っ暗な部屋で、2つの目が光っていました。
母の目です。あまりの怒りで目が光っていたのでした。人間の目は強い怒りで目を光らせるのです。母の怒りはすざましく、
しばらく、自転車を乗ることが禁止となりました。当然河川敷に近づくことも禁止。
怒りがとけたのは、夏休みの終わった時でした。
学校が始まるとやっと、自転車の許可がでましたが門限は6時、当然夜間外出禁止。
学校から帰ってきた僕は、虫かごと虫取り網をもって急いで河川敷に向かいました。
堤防から先の河川敷には大きなフェンスができて立ち入り禁止となっていました。
柳の木があったあたりです。
“クロ、クロ”
フェンス越しに名前を呼びますが気配がありません。フェンスの中からは、
「ウィーンウィーン」チェーンソーの音 「ゴーゴー」重機が地面を鳴らす音、
「ミシ ミシ ミシ ドカーン」木の倒れる音
が響いていました。
あっという間に森はなくなり、
野球場・マレットゴルフ場・馬術場にかわりました。
僕の“柳の木”の場所は野球場になっていました。
「クロ クロ」名前を呼びましたが、クロはでてきません。
そして、2度と“クロ”に会うことはありませんでした。
とってもおバカさんだった僕は、
母が市役所に苦情を言って、
河川敷の木を伐り倒させたと思っていました。
母の恐ろしさを感じるとともに、
しばらくの間母を恨んでいました。
お母さんごめんなさい。
僕は河川敷にクワガタに捕まえに行くかわりに、
馬を見にいくようになりました。
学校帰りに何日か通ううちに、
仲良しの馬さんもできました。
単純な僕は馬にメロメロになり、
“森がなくなり馬術場になってよかった”と思うようになりました。
だんだん秋も深まり日も短くなりはじめたころのことです。僕はいつものように学校から帰ると
急いで河川敷に向かいました。
そこで馬たちに草をあげ、走り・ジャンプしている姿を楽しみ鼻に触って遊んでいると、
日が沈みあたりがだんだん暗くなってきました。
そして、馬たちは厩舎に帰っていきました。
あっという間に暗くなり、
“母の怖い顔”が頭に浮かんできました。
「あー やばい やばい、また自転車禁止になってしまう」
馬場の掃除をしているお姉さんに挨拶し、
急いで自転車に飛び乗りました。
最後に馬術場を一周してから帰るのがいつものパターン。
自転車で半周した所で、川岸にある野球場方向から全身黒ずくめの老婆が歩いてきました。
足が痛いのか右足をやや引きずるように歩いています。うっすらと顔が見えるぐらいに近づいた時でした、僕の後ろからきた車のヘッドライトが彼女の顔にあたりました。
左目だけが“キラリ”と光りました。
すれ違いざま彼女は僕に何かを言いたそうな感じでしたが、撲は、母の鬼のような顔が頭に浮かび
猛スピードで自転車をこいで、家に向かいました。
あの老婆は...?
もしかして"クロ"だったの。
