「あなたから影響を受けました」とフィードバックする心がけ
何かで聞きかじったのだが、人は誰かに影響を与えたいと本能的に思う生き物らしい。
私は人間関係に恵まれており日々感謝が尽きない。そしてその感謝はなるべく本人に伝えようと心がけている。「何かをやってもらってありがとう」という感謝だけでなく、「私に影響を与えてくれてありがとう」の思いも積極的に伝えるようにしている。
オススメ情報はなるべく試し、「試したよ」報告
誰かに何かを薦められた際はなるべくメモし、試せそうなら迷わず試すようにしている。
本やフィクションではないYoutube動画、音楽であれば、なるべく実際に読んだり視聴したりして、「読んだよ」「観たよ」「何曲かダウンロードしたよ」と報告する。そして感想もシェアし合えればお互い最高に楽しい。
私の性質上、映画やドラマ、マンガといった視覚情報を伴うフィクションは刺激が強すぎて共感しすぎて良くも悪くも影響が長引いてしまう。そのため、オススメされたとしても軽々しく試すことははばかられる。が、自分で読んだり観たりしなくても、映画館の上映状況をネットで見てみたり、中高生の息子たちに「知ってる?」と流行状況をヒアリングしたりして、オススメしてくれた人に「近所の映画館ではほぼ満席だったよ」「中学校で大人気らしいって息子が言ってたよ」といった形でフィードバックしたりする。
飲食店やレジャー施設も実際行って体験できれば一番良いが、場所が遠いなどの理由ですぐに行けない場合は「GoogleMapで旗立てて『Aさんオススメ』って書いて保存しました!」という報告だけでもやるようにしている。
あなたの存在を思い出した、と知らせる
仕事でプレゼン資料を作りながら、上司のアドバイスや同僚の顔をふと思い出すことがある。それも本人に伝えるようにしている。
「B部長のこの前のコメントを思い出して、このような表現にしました」「この表を作ってるとき、Cちゃんのプレゼンを思い出したよ」と言うだけでなんとなく雰囲気が和み、本人も嬉しそうである。
嘘は言わない、盛らない
今までの記述を読むと、あたかも私という人間がだれ彼構わずおべっかを使っているように思われるかもしれないが、あくまで無理なくできる範囲で心がける程度にしている。
私は嘘をつくとそこはかとなく罪悪感を感じるタイプであり、後々何かでつじつまが合わなくなるのも不安である。また、誰に対しても同じではない、限られた人にしかそうしない、というのも相手にとっての価値の一つだろうとの思いから、自分にとって大切な人から受け取った言葉にしかリアクションしないし、ましてフィードバックまでするのは特定の、限られた範囲内のみのことだ。実際に試してもいないことを「試したよ」と嘘をついてまでやることではないと思っている。
ネット上の見知らぬ人たちのレビューより、身近で顔も名前も人となりも知っている人からもたらされるさりげない情報を大事に扱いたい。そういう日常に埋もれがちな些細なことが実は自分の運命を変えるきっかけになる可能性を十分秘めていると、私は経験則として知っている。
だから、「縁」なのだ。
身近な大切な誰かから影響を受けたと本人に伝えることは、あなたとの縁を大事に思っていると伝えること。私がやりたいのは、そういうことだ。
