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仕切りのない器だった私が、noteを365日続けられた理由

「どうしてそんなに毎日noteが続くの?」とたまに聞かれることがあります、それに私はうまく答えを見つけることができませんでした。
私の中では、エディターを開いて毎日言葉を置いていくことは、呼吸をするのと同じようなもので、特別なものではないからです。
書かないと、違和感がある。
むしろ努力したという感覚より、書かないと自分の意思が消えてしまいそうだったから、初めは書いていました。

1年を振り返ってみて、なぜ続いたのか深堀りしてみようと思います。

筆を取り直した頃の自分は、正直心身ともに限界でした。

夫や子供の機嫌にのみ込まれ、気にしすぎる。
仕事の後も反芻思考でずっとひとりで反省会。
家庭や仕事のことが仕切りのないひとつの器に入っていて仕切りがなかった。
いつのまにか器があふれ、体調もメンタルも限界になっていた。
何もかもに余白というものがなかった。

たぶん日々の激流に押しつぶされて、自分の意志は流れていっていました。
自分さえ我慢すれば丸く収まる。こうするしかない。そうずっと感じていて。

noteは私のハンドルだった。

noteを始めて、「私はどうしたい?」の問いで一瞬立ち止まることができるようになってきました。

  • 私はこれが嫌だった、嬉しかった、悲しかった。

  • 私はこれを大事にしたい。

  • 私はこう生きたい。

  • だから書く。

ひとつひとつ、自分の問いを書いていくうちに、舵が自分の手に戻ってくる感覚。1日では気づかないけれど、積み重ねてそれに気がついている自分がいたんです。
私にとってnoteとは、自分の意思を手放さないための確認作業。それが継続して書くことに繋がっていた。

日々書き続けるうちに、視点に変化が生まれてきていることに気がつきました。
ひとつの器にあふれていたものに仕切りができてきて、仕切りができると、それが溢れる前に外に出せる。そして、外に出せると、自分の意思を見失わなくなる。
それが、1年と少し。365日連続投稿と積み重なっていった。

積み重なった結果、こう変わっていく自分に気がついたのです。

出来事に名前がつく。
感情を切り分けられる。
「これは私のせいじゃない」と思える。
「これはネタになる」と変換できる。
働き方を考えるようになり、結果、自分の生きやすい方へ転職した。

特に、ただ怠けてるんじゃなくて、頭の中がぐちゃぐちゃで、何から書けばいいかわからなくなってる人。
生活も仕事も感情も全部同じ器に入ってしまって、書くどころじゃなくなってる人。
「発信したいのに続かない」と思ってるけど、本当は発信以前に、自分の中を整理する場所が必要だった人。

私も、かつては同じでした。ここからは、noteを使って、自分の人生のハンドルを握り直した記録を記憶を元に「お伝えしていきます。

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