掌編小説|雪うさぎが見守る帰り道
明け方から降っていた雪は、夕方になってもまだ降りやまず、うっすらと積もり始めていた。
(今日はここまでにしよう……電車止まっちゃう)
私は、急いでパソコンの電源を落とし、いそいそとオフィスを後にした。
取り出したスマホで交通情報を確認すると、私の乗る路線はかろうじて止まっていないようだった。しかし、他の路線は止まり始めている。帰らなくては。
駅まで、息が上がるほどの速さで走り出す。顔に当たる空気と雪の粒が、私の頬を撫でるように濡らしていた。
電車に乗り込むと、ふわっと暖房の暖かな風に包まれる。周囲の人も急いできたのか皆、息が上がっている。
「侑里さん、間に合ったんですね」
頭上から聞き慣れた声がする。
「私より退勤するの遅かったのに……早っ!」
声の主――遥輝くんの方を振り向くと、彼はにやりとして……というか若干ドヤ顔で言う。
「元・陸上部ですから」
「なるほど」
私は頷く。そうだった、秋に走り方を教わった時の、地面を蹴るしなやかなフォームが脳裏をよぎる。
雪のせいか電車はいつもよりスピードを落として走る。ガタゴトという低い音と、少しレールに擦れる金属音が僅かに響く。窓の外に目を向ければ、街灯に照らされた雪片が、夜の底でダイヤモンドの粉のように煌めいている。さっきまでいた慌ただしいオフィスが、もう遠い異国の出来事のように思えた。
駅に降り立ったら、あたり一面銀世界。雪がすべての音を飲み込み、世界が静まり返る中で、隣を歩く彼の足音だけが等間隔に響いていた。
「コンビニでおでん買って帰ろう。遥輝くんも、一緒にどう? ブラウには、おやつを」
「いいですね。寒いですし」
彼はそう言って、僕の歩幅に合わせて少し速度を落としてくれた。最近の私たちは、どちらからともなく、猫のいる彼の部屋へと足が向くようになっている。
コンビニに着くと、おでんコーナーから出汁の香りが鼻をくすぐってくる。大根と、餅巾着とこんにゃく……あと玉子は外せない。
コンビニを出て、ふたりで白銀に染まった道を歩く。道端の椿の木が雪化粧をし、淡い赤色をした花がよく映え、そして誰かが作ったのか、ちょこんと雪うさぎや雪だるまが所々に並んでいる。
街灯に雪が照らされた白銀の道を歩いて、遥輝くんの住むアパートの前に来る。
「あ、置き配。注文していたゲームが届いたみたいですね」
彼が、まるで少年のように目を輝かせ、私はそれを見て頬を緩める。
「早速、やろっか。おでんを食べながら」
私たちが部屋に入ると、ブラウが「みゃう!」と嬉しそうに出迎えてくれた。
「ただいま、ブラウ」
彼がブラウを抱き上げる。私もブラウに顔を近づけて挨拶する。
「こんばんは。おやつ買ってきたよ!」
ブラウが少しぴょこっと嬉しそうに揺れる。
「やりますか」
彼が封を開け、ソフトを取り出し、ゲーム機の中へ吸い込ませるように入れる。
最近買ったのだという少し大きめのモニターに、ゲームの画面が映し出され、それは別世界へ私たちを誘う。
「……その前に、おでん食べよう。冷めちゃう」
私たちはぷっと笑いながら、おでんの蓋を開けた瞬間、白く濃厚な湯気が私たちの視界を真っ白に染めた。出汁の香りに包まれながら熱々の大根を口に運ぶと、凍えていた指先までじわりと体温が満ちていく。雪の日の静寂が、部屋の温もりをよりいっそう深いものに変えていた。
こちらのお題に参加しました。
明日発売の某ゲームの描写を書こうか悩んでやめました。
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