役に立たない「好き」が、私の世界を作っている
日々の生活は役に立つか、立たないかで考えがちだ。
気がつけばコーヒーを飲む時間にも理由をつけていた。
「頭を切り替えるため」「執筆を進めるため」「気持ちを落ち着けるため」。
休憩なのに、つい役割を与えてしまう。何かに役立たなければ、その時間を持ってはいけないような気がしていた。
コポコポと電気ケトルのお湯でコーヒーをドリップすると、ふわりと香りが広がりだす。湯気の向こうに好きなものをふと、思い浮かべる。
月、雪、龍、図書館、桜、ムーンストーンにフローライト、瑠璃色やパウダーブルー。硝子細工に静かな灯り。
並べてみると、青く静かで、どこか光を含んだものが多い。
創作に使えるから、とか何も関係なくただ、好きなもの。
見ると心が少し静かになるものに惹かれる。そばに置いておきたい『好き』がある。
そして、書斎の机の上にあるフローライトのストーンディフューザーに好きな香りを落とす。そして、コーヒーを飲みながら作業をする時間。
それらの『好きなもの』にまで理由や価値はない。というかなくてもいい。
子供の頃、ガラスの指輪を集めるのがマイブームだったように。

こちらはスマホのストラップたち。フローライトやらレジンやらがキラキラである。
近くの神社のおみくじについてきた根付や、また別の神社で買った桜のお守りストラップやら。好きを持ち歩いている。
夏休みの間に息子の自由工作にかこつけてレジンをやろうと思っている。
そんなことを考えて創作をしているコーヒー時間は、ただの物書きクラゲに戻れる。
たまにぼーっと音楽を聴いていたりもする。
何も生み出していないように思える時間が、少しずつ欠片が私のところへ戻ってきて、言葉や創作の種になるのだろう。
好きな色や景色は、文章にも絵にもにじみ出てくる。
創作の材料ではなく、ただなんとなく、何の役にも立たなかった『好き』が自分の世界を作ってきた。
と言いつつ、これから公募シーズンだ。
ネタがない、ネタがないと物書きクラゲは右往左往している。
神頼みにでも行くべきか。それとも何もしない日を本当に1日作ろうか。
ストラップたちに願掛けでもしてみようか。

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