小さな背中から見えた未来
夏休みの朝、息子はレゴブロックを並べて遊んでいる。
小さな手で一つひとつ積み上げながら、完成図もないまま自由に形をつくっていく。その姿を眺めていると、ふと考える。
――この子が大人になる未来は、どんな世界になっているのだろう。
息子には障害がある。それでも有り難いことに、保育園の頃から友達に恵まれ、息子ができないことをクラスメイトが自然に補ってくれた。
息子もまた、自分にできる範囲で友達に寄り添ってきたという。
小学生になった今も、息子の周りにはさまざまな特性を持つ子どもたちがいる。
それぞれが得意不得意を支え合いながら、学校生活や放課後を過ごしているように見える。
――未来は、今よりもっと多様で、生きやすいものであってほしい。
私は子どもの頃、自分がとても変わった子だという自覚があった。
そのせいかは分からないが、いじめに遭い、常に「浮いた存在」として扱われていた。
「出る杭は打たれる」どころか、打たれすぎて折れてしまう。
はみ出す子は異常だと見なされる
――そんな価値観の時代だったように思う。
助けを求めるどころか、逆に叱られ、抑えつけられる学校生活。
やがて不登校になり、途中で通信制高校へ転校した。
その経歴だけで、就職活動では「なぜ転校したの?」「なぜ卒業が9月なの?」と色眼鏡で見られてきた。
そんな私を受け入れてくれたのが、今の職場だった。
オンライン面接ではカメラ不良やミスを連発し、転職歴も多く経歴は決してきれいではなかったのに、それでも「いいよ」と迎え入れてくれた。
実際に働き始めてみると、とても温かい雰囲気の会社で、今も私はここで働き続けている。
――ああ、生きやすさって、こういうことなんだ。そう心から感じた。
そして、これからはもっと誰でも生きやすく、誰もが自分の居場所を見つけられる未来があるのではないか、と今の子供達の背中を見るとそう思えてならない。
そうあってほしいと願う。
未来は自然に訪れるものではない。
いまを生きる大人たちの選択や態度が、その形をつくる。
私にできることは小さいかもしれない。
けれど、言葉を紡ぎ続けたいと思う。
子どもたちが大人になった時、「ここにいていい」と心から思える未来になるように。
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