ようやく合格を手にしたのに、なぜ親子は苦しくなってしまうのか?
「この子には、自分より幸せな人生を歩んでほしい」
親なら、誰もが一度は願うことではないでしょうか?
だからこそ、教育には時間もお金も惜しまない。
塾に通わせ、進路を調べ、子どもを励まし続ける。
その姿は、紛れもなく愛情です。
先日、ある記事を読み、とても印象に残った出来事がありました。
ある父親は、自分の趣味を我慢し、毎月のお小遣いも切り詰めながら、子どもの教育を最優先にしてきました。
努力の積み重ねの結果、息子さんは有名大学へ進学し、大手企業へ就職。
誰が見ても「成功した親子」に映る人生だったそうです。
ところが、入社から1年ほど経ったある日、息子さんは会社を辞め、父親にこう伝えました。
「もう、自分の人生を生きさせてほしい」
この言葉に、私は胸を締め付けられる思いがしました。
決して、お父さんの愛情が足りなかったわけではありません。
むしろ、逆です。
誰よりも子どものことを考え、誰よりも応援してきたからこそ、その想いが子どもにとっては「期待」や「重圧」となってしまったのかもしれません。
私は、この話は決して特別な家庭だけに起こることではないと感じています。
長年、学習塾で多くの親子と関わってきましたが、受験が終わった後に相談を受ける内容には、ある共通点があります。
「燃え尽きてしまったようで勉強しません…」
「学校へは行っていますが、以前より笑顔が減りました…」
「親子で話すたびに衝突します…」
「子どもの気持ちが分からなくなりました…」
志望校に合格した。
努力も報われた。
それなのに、なぜ親子関係まで苦しくなってしまうのでしょうか?
私は、この状態を「受験後遺症」と呼んでいます。
受験そのものは終わっていても、親も子も、心がまだ受験モードから抜け出せていない状態です。
受験期には、親のサポートは欠かせません。
学習計画を立てることも、生活を整えることも、ときには厳しい声をかけることも必要でしょう。
その支えが、合格につながることも少なくありません。
でも、合格したその瞬間から、子どもに求められる力は少しずつ変わっていきます。
必要になるのは、
・自分で考える力
・自分で選択する力
・自分の決断に責任を持つ力
です。
ところが、受験でうまくいった経験があるほど、親は同じ関わり方を続けたくなります。
「もう少し管理した方が安心ではないか」
「失敗しないように助けてあげよう」
その気持ちは、すべて愛情からくるものです。
でも、子どもは成長するにつれて、
「自分で決めたい…」
「自分の人生を歩きたい…」
という思いを強くしていきます。
これは反抗ではありませんし、自立へ向かう、ごく自然な成長の証です。
ここで誤解して頂きたくないのは、私は受験そのものを否定しているわけではありません。
第一志望を目指すことも、難関大学への挑戦も、有名企業へ就職することも、とても価値のある目標です。
私自身も、その実現のために全力で指導しています。
ただ、ひとつだけ忘れてはいけないことがあります。
それは「幸せ」と「合格」は同じではないということです。
いい大学は人生を広げる選択肢になりますし、いい会社も多くの可能性を与えてくれるでしょう。
けれど、それらは人生そのものではありません。
本当に大切なのは、その先で本人が納得して生きられるかどうかです。
親が描いた正解を歩く人生ではなく、自分自身で選び取った人生になっているか…
そこにこそ、本当の意味での教育の価値があると私は思っています。
なので、私の塾では「合格したら終わり」とは考えていません。
もちろん、第一志望合格は本気で目指します。
でも、それはゴールではなく通過点です。
私たちが育てたいのは、社会に出てからも、自分で考え、学び続け、自分らしい人生を切り拓いていける人財です。
そのために、勉強だけではなく、
・物事の考え方
・目標の立て方
・学び方
・人生との向き合い方
まで、ともに考える時間を大切にしています。
受験が終わった後も、自分の足で歩き続けられる子どもになってほしい。
それが私の願いであり、指導の軸でもあります。
冒頭で紹介した親子も、お互いを思っていたからこそ苦しくなりました。
教育には、唯一の正解はありません。
だからこそ、子どもの成長に合わせて、親も少しずつ関わり方を変えていくことが大切なのだと思います。
受験期は、手を引いて導く。
そして、受験後は少しずつ手を離し、自分で歩ける距離を広げていく。
それもまた、親としての大切な愛情ではないでしょうか。
私はこれまで、多くの親子が「受験後遺症」ともいえる苦しい時期を乗り越え、以前より穏やかな関係を築き直していく姿を見てきました。
だからこそ、敢えて伝えたいんです。
今、親子関係がうまくいっていなくても、それが永遠に続くわけではありません。
受験後遺症は、人生の終わりではありません。
親も子も、お互いを理解し直し、新しい関係を築いていくためのスタートラインになることもあります。
子どもの未来は、偏差値だけで決まるものではありません。
そして、親の愛情も、受験の合否だけで終わるものではありません。
私はこれからも、ひとりひとりの親子に寄り添いながら「受験のその先」にある人生まで見据えた指導を続けていきます。
