世界の半分は、優しさでできている。
昔、バファリンのCMで、「バファリンの半分は優しさでできています。」というのがあった。
我々の意識状態は、大きく分けると、2つしかないと言われている。言い方はいろいろあるかもしれないが、ある、ない。そのどちらかである。
「ない」から、「ある」へ。
するとどうなるか。
「嗚呼、世界は意外と優しかったのだ。」と気づく。
私は長いこと「ない」の世界で生きてきたので、困難が多かった。苦労に苦労を重ねた半生だった。けれども、だんだん「ある」の世界に移行してきてからは、ある日、「嗚呼、世界は素晴らしい。」と気づいた瞬間があった。
このように気づけた、このように世界を見ることができてたのはなぜか。
自分の周りにいる人、情報を取る人を変えた。
上下関係がないと、自分がへりくだらないと成り立たない友人と関わるのを辞めた。いくら良いことを言っていても不平不満ベースの情報発信をしている人たちから情報を取るのをなるべく辞め、なるべく気分良く情報を受け取れる人たちを選ぶ。
そういった日々の小さな、大きな積み重ねをしていった。そうすると、ある日、「嗚呼、世界は素晴らしい。」と思う瞬間があった。
その後はどうかと言うと、さらに気づきが進み、世の中の仕組みや日本社会、引いては世界の成り立ちなどに目を向けていくと、目を覆いたくなるような現実も知ることとなった。けれども、それでも、自分の周りは、自分が気分良くいられるような人間関係をなるべく築くようにする。親兄弟などは選べないけれど、選べる人間関係は、なるべく自分が居心地良くいられる人間関係にしておく。
もちろん、友人をはじめ、それまでの人間関係とおさらばするのは簡単ではなかった。いくら自分がしんどい人間関係だったとは言え、それまでの積み重ねがある。何年も築いてきた人間関係から離れるのは、勇気が要る。執着もあった。それまでの自分にも、相手にも。けれども、自分がしんどい人間関係から離れるのは、決してそれまでの自分を否定することではない。今なら分かるのだが、今の自分にとって、これまでの自分にとって、ちょうど良い人間関係を選択することと、過去の自分を受け入れることは両立する。これまでの自分には必要だった人間関係も、今、これからの自分にとって必要とは限らないからである。
何年か前に日本でこんまりさんの断捨離が流行して、その後はアメリカで大ウケして、Netflixにまでなったけれども、物も人間関係も、自分が好きな、あるいはときめくものに囲まれてると、ただそれだけで人は幸せでいられるのだ、と今なら思う。
現状への不満は、意外と身近なものを「片づける」ことによって解消されるかもしれない。
私は「ある」の世界にだんだんと移行してから、毎日の小さな幸せを感じられるようになった。長いこと、自分の幸せの沸点が低くなったと感じていたけれど、日々の小さな幸せの積み重ねは、ひょっとしたら最高に贅沢なことなのかもしれない。
コンビニで、ちょっと良いお菓子やスイーツを買って、緑茶や紅茶、コーヒーと一緒にゆっくりと食べる。そうして、自分は何が嫌で、どうなったらうれしいのか、ふと思い巡らせてみる。現状の不満解消に着手しようと思い立ったら、そんなところから始めてみてね🍵
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