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温泉・パジャマ・頬骨|せりふ三題噺

▼今週のお題
◆セリフ
「これしか勝たんのよ」
◆三題
・温泉
・パジャマ
・頬骨


◆「なあ」
「ん?」
「袋の袋,知らないか」
「フクロのフクロ?」
「ああ,レジ袋を貯めてた紙袋。いつもならここにかかってるんだけど,見当たらないんだ」
「あー,あれね。今朝,母ちゃんが持ってったよ。ヒコーキの翼の裏張りとかに使えるかも,って。変なとこでケチらないで,ちゃんとした素材使った方がいいと思うんだけど」
「ヒコーキ?」
「飛行機。裏のガレージで,農作業やら家のことやらの合間を見て,母ちゃんと爺ちゃんと婆ちゃんが,最近ずっとトンカンやってたグライダー。ま,俺やサーシャも,ちょこちょこ手伝ったけどね」
「グライダー? まさか本物の,人間が乗れるヤツじゃないよな?」
「そうだよ。一応本物の,ちゃんと人間が乗って飛べるヤツ。ちっちゃいけどね。ってか,逆に難しいだろ,人間が乗らないグライダー。父ちゃんヒコーキのこと,知らなかったの?」
「全然知らんかった……  あ,ひょっとして,爺ちゃんが最近よく油まみれになってんのも,車いじりとかトラクターの整備じゃなくて……?」
「いや,それもあるかもだけど,主にヒコーキの方じゃないかな。少なくとも昨日の晩ご飯のとき,爺ちゃんの頬骨のあたりが真っ黒になってたのとかは,そっちだと思うよ。昔取った杵柄だ,っつって,爺ちゃん,張り切ってる」
「そうだったのか……  なんで爺ちゃんたちは飛行機なんか作ってんだ?」
「ほら,サーシャがさ,野犬にやられちゃったガンの巣から拾ってきた卵を孵卵器で孵して,産まれてきたヒナたちの面倒,ずっと見てただろ?」
「あー,サーシャを親だと思って,どこにでもついてきてたっけな,そう言えば。飽きっぽいあいつに鳥の世話なんかできんのかって,心配だったが。……あのヒナたち,どうなったんだ?」
「父ちゃんは何にも知らないな。ヒナたちは立派に成長して,この秋,南に渡るんだよ。その先導を,サーシャがヒコーキでするんだ」
「先導? ガンの渡りの?」
「そう。って言っても,そんなに遠くまでは行かないよ。日本のミヤギってところに越冬地があるんだって」
「日本? 外国じゃないか!」
「隣国だよ。渡りを教える親がいないガンの若鳥たちを,サーシャが国境を越えて,ミヤギの何とか沼まで,ヒコーキで先導する」
「だけど,海外だぞ? ほら,パスポートとか,ビザとか……」
「野鳥保護協会を介して外務省に特別申請を出して,手続きは全部済んでるって」
「ほんとかよ……  大丈夫なのか?」
「グライダーの操縦なら,サーシャはずいぶん練習を積んで,もう目をつぶってでも飛べるってさ。
嵐にでも遭っちゃったら話は別だけど,そこは俺が日本の天気予報をチェックして,飛行中のサーシャに知らせることになってる。まあ今んとこ,天候的には大丈夫っぽいんだ。
方向音痴だからちょっと心配だけど,ヒコーキにはナビみたいのも,ちゃんとつけてあるしね。GPSがあるから,こちらでもモニターできるし,まあ大丈夫なんじゃない?」
「ならいいけど……だいたいなんで,家族の誰も,俺にその話をしてくれなかったんだ」
「そりゃあまあ……父ちゃんにさわらせたが最後,思いつきでわけのわからんギミック山ほど仕込んで,しまいには飛行機だか何だか,よくわからんものにしちゃいかねないから,じゃない?
ヒコーキも仕上げの段階だから,もう大丈夫だとは思うけど」
「ぐぬう……  俺は皆から,そんなふうに思われてるのか!」
「否定できる?」
「まったくできないな!
……それはわかったけど,軽量のグライダーなんて,操縦席も吹きっさらしだったりするんじゃないのか? 飛んでる間,相当寒いと思うけど,あいつ,何着て行くつもりなんだ?」
「うーん,どうせ,とにかくブクブク着込んで行けば何とかなる,くらいに思ってるんじゃないの? サーシャだし。そう言えば,1人で行って帰ってくるだけだから,防寒着の下は,もうパジャマでいいや,とかって言ってたよ。
あ,でも,無事にガンたちを越冬地まで送り届けてミッションが完了したら,自分へのご褒美に,温泉にでもゆっくり浸かって身体あっためて,ショッピング楽しんで,おいしいものをたらふく食べて帰ってくる,とも言ってたような。
日本にも温泉ってあるのかな。それはそうと,パジャマはさすがにマズいよね」
「温泉かあ,いいなあ」
「まあ,あっちの『野鳥の会』やら何やらにも連絡済みだから,着いた当日なんかは,歓迎隊やらマスコミやらにもみくちゃにされて終わるんじゃないかって,俺はそう思うけどね」
「そうだよなあ……
そうだ,『カラダ冷え冷え問題』だけど,町で売ってる『貼るカイロ』,あれを大量に持っていけばいいんじゃないか?
うちにもストックあるけど,もっといっぱいあった方がいいな。……いっちょ車を飛ばして,仕入れてきてやるか」
「カイロ? 俺使ったことないんだけど,そんなん役に立つの?」
「バカ,いっぺん使ってみ? 冬とか,もう手放せなくなるから。特に,『あれ? もしかして,氷河期来ちゃった?』ってくらい寒い日なんかは,もうこれしか勝たんのよ」
「へー。じゃあ,出発は土曜日だから,それまでには仕入れとかないとね。
サーシャとガンたちが行っちゃったら,テレビのクルーや新聞記者もみんな引き上げるだろうから,やっと静かな生活が戻ってくるよ」
「あー,あのマスコミの連中って,それの取材に来てたのか」
「……父ちゃん,身のまわりのこと,目に入ってなさすぎ!」
「すまんすまん。サーシャは温泉でのんびりしたら,すぐに帰ってくんのか?」
「いや,2週間くらいは向こうにいるって」
「えっ,そんなに? ガンたちのアフターケアで? それとも,温泉ツアーでもすんのか?」
「違うよ。せっかくだから,好きなアニメや漫画の『聖地巡礼』をしてくるってさ」
「って,あいつ,そっちが本命か!」


◆この作品は,映画「グース」「グランド・ジャーニー」から着想しております(観てないけど)。
戦時下ではちょっとあり得ない,のんびりとしたお話になりました。

「グース」はフィクションですが,「グランド・ジャーニー」は,気象学者のクリスチャン・ムレックが実施してきた,自身が独自に開発した小型飛行機を使って,絶滅危惧種のガンに安全な渡航ルートを教えるという,現実のプロジェクトを元にしたものです。

◆こちら↓の企画に参加させていただいております。いつもありがとうございます。

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