今の祭り|アマノ文筆クラブ
「室長,た,大変です! 『全社員社畜化プロジェクト』,コードネーム『馬と羊と私と鹿と』の一環で,極秘理に製造・管理されていた社員のクローンたちの一部が,ラボ非常口の鍵を破壊して逃走したとの報告が!」
「何だって? そいつは一大事だ。だが,逃げると言っても,ヤツらには行き場もないだろうに」
「普通に考えれば,オリジナルになり替わろうとするのでは?」
「確かに。それは俺でもそうするな。電気羊というかブレードランナーというか,要するにP・K・ディック的なアレだ。
では,いつもの特殊警備の業者に連絡し,本社保安セクションとの混成で,ただちに追跡部隊を組め。
もちろん,逃走クローンは発見次第抹殺だ。ボディーは可能なら持ち帰れ。難しければ無理せず,焼却処分でいい。間違えてオリジナルの方を抹殺してしまう事故には,くれぐれも注意を」
「室長,万一すでにオリジナルになり替わっていたとしたら?」
「む,そうだな……その場合は,拉致して記憶を操作し,自分がオリジナルであると思い込ませろ。なり替わりの過程で何かヤラカシていて,マズいことになりそうなら,然るべくフォローして,隠蔽してやるんだ」
「了解です。直ちに!」
……というやりとりから,今日で1週間。
迅速な対応が奏功し,事態は沈静化しつつある。
クローンたちの逃走に繋がったラボの杜撰な管理体制については,管理部門の担当重役が吊し上げを喰い,更迭された。私の責任が追及される線は今後もなさそうであり,密かに安堵した。もっとも,私の代わりが務まる者など,社内には誰もいない。
クローン狩りという「祭り」は終わったものの,気になることが一つ……
私は逃走事件の前日,趣味の一刀彫の作業中に手元を誤り,右の手のひらに切り傷を作った。
絆創膏を貼るのも煩わしいので,殺菌と消毒だけ済ませてそのままにしていたが,かなり深かったはずのその切り傷が,今,きれいに消えている。
これは……?
まさかラボのヤツら,勝手に『馬羊私鹿計画』プロジェクトリーダーである私のクローンまで?
この私は,すでに私ではなく,オリジナルの私を抹殺してなり替わった上で,追跡部隊に記憶を改変されたクローンなのだろうか?
もしも私のクローンが,私が追跡部隊に出した指示の内容を知ったことで,私になり替わることを選んだのだとすれば,あのときの私の指示は,私自身の首を絞めるものだった?
いや,私は本当は私ではなくクローンなのだとしたら,逆に,私の指示が私に生命拾いをさせたということに……?
それにしても,記憶を操作されていても,こうもあっさりと自力で真相にたどり着くとは,さすがは私のクローン。逃走グループの首謀者が私であったとしても,私は驚かない。
だが,クローンである私が真相に気づいているという事実がバレたとき,本社中枢は,どう動く……?
そもそも,私の生命を奪ったこのクローンの私は,私の憎き敵ではないのか?
いや,それを言うなら,指示を出した私こそ,クローンである私の抹殺を決めた,憎き敵ではないか。
出してしまった指示の結果は,今さら覆らない。「祭り」は,終わってなどいなかった。クローン狩りは,今も続いているのだ。そう,この私の中で。
P・K・ディックの呪いの如き懊悩は深く,その日は1日,仕事にならなかった。
◆2回目の参加です。ありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
