夢のつづき|アマノ文筆クラブ|せりふ三題噺
▼今回のタイトル「夢のつづき」
▼今週のお題
◆セリフ
「ホーホッホッホッ」
◆三題
・グリューワイン
・髭
・包み紙
◆夢を見た。
そこは,広い広いパーティー会場だった。
本当に本当に広くて,いくら目を凝らしてみても,向こうの壁が見えないくらいだった。
あちらこちらにテーブルが配置され,飲み物と軽食が置かれていて,それぞれのテーブルの前では,人々がグラスを片手に談笑していた。
「これはね,お前の夢だ」
声をかけられて振り向くと,穏やかな笑みを顔に浮かべた母方の祖父が,そこにいた。
「お爺ちゃん」
祖父は,とっくに他界している。
「夢というのは,その主の望みをかなえ,欲望を満たすものだが,この夢は殊更にわかりやすい。
この夢が満たしてくれるお前の欲望とは,何だと思う?」
私は戸惑い,首を振った。
「わからない? じゃあ,教えてあげる」
話を引き取った人物の方を向くと,それは幼稚園のときの先生だった。もう何十年も会っていないが,昔のままの姿だった。
「それはね,承認欲求。
ここには,あなたがこれまでの人生で出会ってきた,ありとあらゆる人たちがいる。
家族,近所の人,クラスメイト,ただ一度だけ電車で乗り合わせただけの人,さらには,本や漫画で読んだり,テレビや映画で観た人も含めてね」
「そして,なんとその全員が」
と引き取ったのは,なんとパイプを片手に持ったヘミングウェイだった。
「君という人間に対して,あたたかい視線を向けているんだ。一人残らず。そう,この際限なく広がる会場中の,一人残らずだ。
決して大袈裟なものじゃないが,君が本来周囲の人間に期待してよいはずの,ほどのよい敬意と好意と興味とをたたえた視線をね」
「たとえば,私だ。お久しぶり,だな」
私の2番目の勤務先の,片桐専務だった。見たこともない穏やかな視線をこちらに向けて,楽しげに言葉をつなぐ。
「私は,社内のプレゼンコンテストの折,君がその性格の悪さと身勝手さをいたく嫌っていた同期のT君を大絶賛した一方で,君には一顧だに与えず,君の心をいたく傷つけた,わけだが……
見たまえ,今ここにいる私は,こうして君との思いがけない再会を,当たり前に心から喜んでいる」
「つまり,ここにいるすべての人が」
これは,以前マンションの同じ階に住んでいた,育ちのよさそうな,清楚な女子学生だった。彼女とは結局,何度か挨拶を交わしたことくらいしかなかった。
「あなたのことを知り,あなたの持つ美質を認め,あなたの欠点についても知った上で,あなたのことを自然に,あたたかく受け容れているんですよ。素敵なことだと思いませんか?」
彼女が私に向けている自然な笑顔は,実際には一度として私に向けられたことのなかったものだった。
「つまりこの会場は,君にとって,君だけにとって,この上なく居心地のよい場所だということだ。夢の中のこのようなエリアのことを,ズバリ『天国』と呼ぶ人もいる」
こう言った男は,私が一時期ハマって映像をよく見ていたコント集団のリーダーだった。もちろん私とは,一面識もない。
「ちなみに,この『天国』はね,本来は私たちのためのものなんだ」
暖かそうな,派手な赤い服を着て,白い豊かな顎髭をたくわえた太鼓腹の人物が,湯気の立つ,グリューワインらしきグラスを片手に,続きを語った。
「『あわてんぼうのサンタクロース』という歌を知っているかい。
クリスマス以外のときに誰かを訪ねて行くと,それだけで『間違えたのか。あわてん坊だな』と思われてしまう。
一緒に踊ろう,と呼びかけても,『クリスマスに出直してこい』と言われ,挙句に『忘れちゃダメだよ,おもちゃ』と来た。
個々の私たちのことなんて,誰も見ちゃいない。行く先々で,ただの『プレゼントをくれる人』としてしか認識されないこの虚しさが,君にわかるかい。
それでも,私たちが仕事を投げ出さずに続けられるように,この『天国』を訪れる特権が与えられているってわけさ。
もちろん,『自分用の』天国を,だけどね。ホーホッホッホッ」
テーブルの上にあった,プレゼントを開けた後に残されたものと思しき赤と緑の包み紙を,架空の存在であるその老人は,ガサガサと指でまさぐった。
「お前がこの夢を見るんは,残念ながら,今回のこの1回きりや」
これは……高校で一緒だった山田か。大学に進学してから疎遠になり,その後,心臓の病で亡くなったと聞いたが,葬儀にも出られなかった。
「お前は一度目を覚まして,この全員の中から,夢の中でのパートナーを誰にするか,決めんといかん。『天国』にはもう来られんが,その1人は,今後の夢の中で,いつでも呼び出せるようになるんやと。
あくまで呼び出せるだけやから,お前の言うこと何でも聞いてくれるっちゅうわけやないんやけどな。まあ,よう考えて選べよ」
◆目を開けると,私はいつもの自分の部屋の,ベッドの中にいた。
私は,もう会えないはずの人と会う夢を見たときにはいつもそうなるように,自分が眠りながら泣いていたことに気がついた。
寝巻きの袖で目を拭いながら,変な夢だったな,と考えた。
パートナーを選ぶ?
自分が過去に出会ってきた,実在・非実在を問わない,あらゆる人物の中から,1人だけ?
すぐに,1つの顔が浮かんだ。さっきの夢には出て来なかった顔だ。
そんなの,あいつに決まっている。
考えるまでもない。
ずっと後悔していた。だが,ずっと忘れてもいた。
今,初めて気がついたが,厄介な棘のようなその後悔は,私の心臓に深々と刺さったままで,そして私は,その棘を,痛みを,ずっと「自分の一部」だと思い込んできたのだった。
私は再び,目をつぶった。
◆山田の言葉通り,「天国」を訪れることができるのは,本当に1回きりだったらしく,「夢の続き」では,私は真っ暗な場所に立っていた。
「『パートナー』は,決まりましたか?」
上の方から,声がした。
奇妙なことに,その声は,祖父のようでもあり,幼稚園の先生のようでもあり,同じ階に住んでいた女子大生のようでもあり,山田のようでもあり,誰のものとも判断できなかった。
「はい,ナナシマを…… ナナシマは,ここにいますか」
変に上ずった,かすれた声になった。
「……」
目の前に,1人の小柄な女性が,後ろから押し出されるようにして現れた。
「なんで私なんですか。絶対に後悔しますよ」
その戸惑ったような不貞腐れたような,でももしかしたらちょっと嬉しそうかもしれない表情は,確かに見覚えのあるもので,私はあまりの懐かしさに,また泣きたくなった。
ナナシマは,私が20代のころに勤めていた小さな編集プロダクションの後輩だった。
自己肯定感が低いのが難だが,根は素直で誠実ないい子で,読んだ本についてあれこれ話ができる貴重な相手でもあり,仕事を辞めたときも,彼女とは連絡を取り続けたかったが,私にはそれと告げる勇気がなかった。私は卑怯だった。
その後,ふと思いついて検索してみたときに出てきた,ある催しの参加者リストから,彼女が郷里の北の街に帰ったらしいことを知り,そしてそのさらに数年後,その地域で大きな地震があり……彼女がどうなったのかは,わからなくなった。
「ごめん。だけど,君しか思いつかなかった」
「もっといろいろ,あるじゃないですか。誰でもいいんだから,もっと綺麗な人とか,頭がいい,話の面白い人とか……まあ,私はうれしいですけど(ぼそ)」
ああ,やっぱり,ナナシマだ。
このナナシマが本物なのか,それとも私の夢の中で,あくまで私にとって都合よく造形された,フェイクの「ナナシマ」なのかは,私にはわからない。
でも,そんなことはいいじゃないか。所詮は夢の中なんだから。
◆私たちはいつの間にか,御茶ノ水駅前の雑踏に立っていた。
「じゃあ……とりあえず,お茶でもするか。あ,それともナナシマ,お腹すいてたりする?」
「何かおいしいもの食べに行きましょうよ,どうせ夢なんだから! 私,パスタがいいです」
ナナシマはもう,彼女が機嫌がいいときの,あの両手をぶんぶん振る元気な歩き方で,先に立って歩き始めていた。
◆こちら↓の企画に参加させていただいております。いつもありがとうございます。
今回は2つの企画の相乗せとさせていただきましたが,タイトルは,タイトル縛りのある「アマノ文筆クラブ」のお題の方に合わせました。
