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古代の犬に思いを馳せる

古代の犬との暮らしはどうだったんだろう。

恐らく、つないで飼うということはない時代。
首輪を付けた犬の埴輪がたくさん見つかっているので、「ウチの子」と「野犬」の区別はあったのだろう。
犬がヒトを気に入ってくれれば近い位置にいてくれただろうし、好かれていなければちょっと遠巻きにした距離感でいたのだろう。
人間側も犬好きな人もいれば嫌いな人もいただろう。
今のような人慣れとか社会化という考え方も無く、
犬も、気に食わないニンゲンがいれば、容赦なく噛んだだろう。

多分、犬が人を選べたのだ。

え、どうしよう。選ばれなかったら。
犬好きなワタシとしては、犬に選ばれたい。犬に好かれたい、すごく。
その時代に生きていたら、毎日一生懸命、魚の頭とかを進呈していたかもしれない。

その当時、犬にはどんな名前を付けていたのか。

恐らく日本の書物で最古の犬の名前は『日本書紀』に出てくる「足往」。
読みは「アユキ」。
足が速かったんだろうなぁ。
どこまででもその足で歩いて行ける体力のある子だったんだろうなぁ。
なんとなく、その子の個性に応じて付けられた名前のようで嬉しい。

『日本書紀』では、アユキが仕留めたムジナの腹の中から三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)が出てきたよ、というストーリー。

アユキは垂仁天皇の時代の子らしいのだが、いかんせん、この時代の天皇は長生きだ。日本書紀によると享年140歳、古事記に至っては享年153歳だという。この年齢を今の感覚で受け止めてはいけません。
まず、この時代、今の感覚の暦が無い。
中国の思想により60歳加算されるという説もあれば、政治的な目論見で初代天皇の出現時代を合わせるために各代の天皇の年齢を延ばした説とか、その頃の暦は植物の開花などでカウントされていて春と秋にカウントされていた説など、いろいろな方向からたくさんの説があるのだ。なのでこの話は、非常に長くなってめんどくさい割に結論が出ないので割愛。
そんなわけで、アユキは考古学的には4世紀前後の古墳時代のワンコなのです。

古墳時代もアユキのようにカッコイイ名前の子もいれば、食べ物の名前とか付けられちゃうワンコもいたんだろうな。
きっと人間自体は古墳時代も今も変わらない。
食べ物が大好き。犬も大好きなのだ。
ちょっとずんぐりした子とか、濃茶の毛色の子には「栗」とか、シュッとした子には「稲」とか名付けちゃうのだ。きっと。
ふふふ。

#なんのはなしですか


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