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日記(2025/8/11):『ファイナルリクエスト劇場版』大阪上映会に行ってきました



1.以前の電子試写会でのレビュー

2.大阪で行われた上映会

個人的に随分と昔から応援している、ギャグでもシリアスでも非常に特徴的な作風で有名なゲームクリエイター・日下一郎こと岡野哲の作った、JRPGモチーフピクセルアート映画 "Final Re:Quest" の上映会が、2025/08/10(日)、大阪市十三シアターセブンでありました。

内容は既に概ね上のYoutubeでの試写会で書いた通りなのですが、2回目に、また劇場で観て、観終わった後のブチアゲモードのテンションで感想を書くものです。

3.電子の世界の激動を、身を以て感じる

このアニメの舞台となるのは、JRPGの世界です。
我々はここで、

  • 「確かにここにこのようにある」と感じさせる、電子の世界の広がり

  • 電子の存在たちの、生命を感じさせる息遣い

  • あってしかるべき姿の電子の世界が、少しずつおかしくなっていくホラー

  • 精緻に作られた電子の世界が、恐るべき勢いと迫力を以て、無残に壊れて喪われていくことへの戦慄

  • 極めて禍々しい外形のラスボス、「電子の世界を無残に壊して無くしてやりたい、悪意ある電子的存在」のおぞましさ

  • 電子の民衆の怒濤の逃避行

  • 電子のアベンジャーズである7人の仲間たちによる、息詰まる抵抗と攻防

  • 電子の世界の、リアル世界との接続地点(インターフェース)の、彼岸めいて理解を超えた神々しさ

を味わうことになりました。
この電子の世界は、「ある」と言って良い。そう信じられるだけの説得力を、美麗グラフィックと声優陣の迫真の演技による相乗効果で叩き込まれた訳です。

4.電子の存在の真剣味

この作品では、
「ああ、当然、彼等は真剣なのだ。それはそうでしょうとも。我々が何をとやかく言えようか」
という気持ちにさせられる、様々な人物の振舞いを観ることになります。

4.1.偽物が本物に「効く」ことがある。効いてるならそれは「確かなもの」と言って良い

少し、ネタバレをしてしまいます。

ある電子の存在がいます。
その人は7人の仲間たちの1人の、まあ偽物です。
本物はヤケを起こして腐っており、これを何とかしなければどうにもならないのでした。
偽物はここで、一世一代の博打と芝居を打ち、事態を打破し、本物を動かすことに成功します。
偽物ながらも本物に届いた、効き目のあった一世一代のハッタリ。
そして、「確かに効いた」以上、偽物のハッタリであろうが何だろうが、それは本物に匹敵し、何なら本物に相当するのです。
それを成したその人は、あの瞬間、確かに立派な将器であった、と心の底から思いますよ。

4.2.「お前の世界なんかどうでもいい世界さ」と言うやつに助けられたくはないもんだ

また、その後、7人の仲間たちは、

  • この世界を救うために奮闘するか

  • 自分たちだけこの滅びゆく世界から脱出するか

という問いを突きつけられます。
彼等はこの世界を救うために奮闘しようとする訳です。
逃がしたい存在からすれば、
「いや、滅ぼうとしている電子の世界なんか、どうだって良くないッスか? 滅んでない電子の世界に行けば良いじゃん?」
と言いたくなってしまうでしょう。

***

さて、少し考えてみましょう。

空から女の子が落ちてきて、それを押し入れに匿っていると、そいつがある日なんか言うとします。
「お前の世界、大事に感じてるもの、ごみ」
「上位存在と、そのエージェントである私が、助けてあげようじゃないか」

とかなんとか。

たいへんぶっちゃけた話、

「そうかも知れないが、お前の話が気に入らないし、お前の舐めた態度はもっと気に入らない。そこに直れ。正座しろ」

くらいの感情にはなります。

***

逃がそうとしているエージェント氏が、逃がそうという役目を真面目にやってるのは分かるのです。

が、やはり「舐め」の有無は説得を大きく左右しますよ。
「舐め」というのは、
「お前は究極的にはどうなってもいい。何ならボロボロにされて死んでも、そこはどうでも良い。知らん知らん」
「お前の世界や、大事に感じてるものは、究極的にはどうなってもいい。何ならボロボロになって滅んでも、そこはどうでも良い。知らん知らん」
ということと、大して違いません。
エージェント氏は後者を口にしちゃったもんだから、そりゃあ、まあ、ねえ。

しかもその上で、エージェント氏は後に、己の役目について、今度は自らが自らに大きな決断を迫ることになります。
これが膠着していた事態を打破したのですが…まあ、エージェント氏、偉かったですよ。そして大変でしたね…

4.3.ラスボスの動機。どうにもならなかった、はずだったのだが

後編で、ラスボスの意表を突く正体が明らかになり、意表を突く動機が語られます。

ここのネタバレは、肝であるので、必要最小限にしたいと思います。

実は、リアルのプレイヤーは、この時点で2人いたのです。
片方は片方に、このゲームソフトを、ある種の伝言板として託したのでした。
そして、ラスボスは、伝言の「要」としての役目を与えられていたのでした。

どういうことか?
説明しませんが、その伝言が正しく伝わったら、ラスボスが役目によって本来得られるべきハッピーエンドは、吹っ飛んでしまう性質のものだったのでした。

送り手のプレイヤーが悪かったとは思いません。よもやそんなことになっているとは知りようもないのだから。
しかし、ラスボスはそれはもうブチブチブチブチギレました。
「マジでふざけんなよお前」
くらいのテンションで。

***

要は、片方のプレイヤーの目的が果たされたら、ラスボスの面目は丸潰れになる訳です。
これは二者択一に見えます。ならば解決できません。詰みです。
ふつうならば。

しかし…
ラスボスが拒んだものによる、ある意外な決着が、待っていたのでした。
これは最初見た時は
「よくこんなアクロバティックな着地を思いつくなあ」
と震えました。寡聞ながら初めて見たパターンです。そして確かにキッチリとキマっている。

5.行間の取捨選択の兼ね合い

非言語的な、または説明しないことで成り立つ演出がいくつかあり、そこはちゃんと脳内で補う必要はあります。
作品を鑑賞してもらう時に、
「すごいかどうか以前に、何が何だか分からない」
また逆に
「説明が多くなりすぎて、内容は分かるが、鬱陶しさがテイストを削ぐ」
と言われるとだいぶ困るので、ここの舵取りは難しいのです。
特に映画を観ながら深く思考して、しかも没入感を保つのはふつう難しいので、過度に深い謎は仕掛けられません。

しかし、この作品では
「そういや呼ばれ方が実は一貫して不自然なんだよな。何故こうなっているのか、というのが一つの鍵なのか」
「ああ、「これそのものを全て」残すべきだと痛感したんだな」
「そりゃあ皆、「そいつ」に届くように、天に手を振るよな」
「これは、最後の「こいつ」が何者なのか、についての暗示なんだな」
などなど、まあ分かるので、そこはたぶん大丈夫です。

6.劇場版を劇場でやるということ

今回、劇場版を、ミニシアターで上映した訳ですが、Youtubeと異なり

  • ミニシアター内に複数の劇場があり、壁から音が響いていたので、他所への干渉を避けるべく、音量を少し下げる必要が生じた

  • ミニシアターの場合、高音が強めに響く

等の、主に音響面での違いがあり、
「やはり劇場は劇場のテイストがあるんだなあ」
と思いながら楽しんでおりました。

7.そして、次なる展開が待つ

この後、クラウドファンディング支援者には「本当に遊べるJRPGとしての『ファイナルリクエスト・ザ・ゲーム大阪編』」が届くことになっております。
もうこの時点でメチャクチャ嬉しいですよ。この映画はJRPGがモチーフなのです。現物が遂にJRPGとして遊べる!

また、もし次回やるとしたら、名古屋編が予定されているそうです。
やるといいなあ。そして、うまく回るといいですね。

***

日下一郎監督、ファイナルリクエスト劇場版スタッフの皆様、シアターセブンの皆様、その他皆様、有難うございました!
本当に行ってよかったです!

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