『罪に願いを』 感想(※ネタバレあまり無し・内容の記述あり)
読み終えて400ページ弱あることに驚くほど夢中になって読んだ。
今後、人に海外作家が書く群像劇のおすすめを聞かれたら本作を勧めたい。しかしそのような機会は恐らくないのでここに記す。
⚫︎全体通しての印象
本書はペンシルヴァニア州のロックスバーグという街に暮らす3人の視点でリレーして語られる。火災現場から大金を横領し将来を夢見るネイサン、末期がん患者の少女の夢を叶えるために病院から連れ出すキャリー、妻と娘を亡くして自暴自棄になった末、街の神父の秘密を知ったアンディ。印象としてはそれぞれサスペンス物、ロードムービー物、アクション物といったところだろうか、個性溢れる3つのストーリーが生々しく展開され、いいところでバトンタッチし続ける。先を焦らされることでより一層感情が揺さぶられ、強い引力でページを捲らされてしまう。
群像劇という形式を採用する以上、展開として各ストーリーを絡めて連鎖的に話を動かしたくなりそうなところ、本書は点と点の交わり程度(例えば、とある出来事を他者はどう見ていたか、どのような会話がなされたか等)に留まり、お互いを邪魔せず、あくまで三者三様の個人としての、願い、他者との関わり方、そして罪との向き合い方が描かれる。緻密な計算に基づいた重層的な人間模様を期待するならば物足りないかもしれないが、個々のストーリーがしっかりと骨太なため薄味感はない。むしろ本作においては実際に街ですれ違う人同士のような距離感が自然で清々しくあった。
ジャンルは犯罪小説ながら、ダークヒーローや義賊が派手に活躍するような内容ではなく、原題のSMALL TOWN SINS(小さな街の罪)のイメージ通りテーマが卑近かつリアルである。その分、説得力とドラマ性を帯びて迫ってくる。
⚫︎個人的推しポイント
・「罪」の解釈により生じる深み
主役の3人とも法的に犯罪者と呼ばれる立場なのは事実なのだが、解説でも触れられているように、この小説の特徴は原題のタイトルの「罪」がcrime(法的な犯罪)ではなくsin(宗教・道徳上の罪)である点だ。そのためか随所に崇拝の対象である神を意識させる作りとなっている。ネイサンは教会を経営する両親のもとで育ち、キャリーが連れ出すがん患者の少女ガブリエラの家族は父親を中心に熱心な新興宗教の信者、アンディは聖職者である神父を裁くため奔走する。このような背景を意識して読み込むと、より各人の言動の対比が鮮明化し深みが増すように思う。例えば、信じたことのない神に家族の回復を祈るも届かなかったアンディと、神に仕える立場でありながら悍ましい犯罪を繰り返してはひた隠す神父の対決がそれだ。
sinは最終的には当事者が信じるものによって左右される。つまり信念を貫き通せるかどうかが物語の共通した軸になっていると感じた。
本作3人の悩み、コンプレックス、怒りを抱えながらも切羽詰まった日々を必死にもがき生きる姿は、安易に共感などと言えないほど痛切だ。自分の道徳観を以て同情を禁じ得ない状況の中、気づけば手に汗握り物語の行く末を見守っていた。
・『涙のサンダーロード』が聴こえる
キャリー編は最も目まぐるしく一難去ってまた一難という展開が続く。その中でも一息つける場面で、誘拐した少女ガブリエラと一緒にカーラジオから流れるブルース・スプリングスティーンの『涙のサンダーロード』を歌う描写がある。
曲自体がドライブシーンの定番の一つと言えるかもしれないが、本作においてはこの曲の歌詞の内容とストーリーとがリンクしている。
拙訳で大変恐縮ながら一部抜粋して挙げてみたい。
Don't turn me home again
I just can't face myself alone again
(もう私を家に帰さないで
もう1人で自分に向き合うことはできない)
→キャリーに連れ出されたガブリエラの心境
Show a little faith,
there's magic in the night
You ain't a beauty,
but hey you're alright
Oh, and that's alright with me
(少し信じてみて
夜には魔法がある
あなたは美人ではない、
しかしあなたはそれで大丈夫
ああ、そして私には何の問題もない)
→頭蓋顔面疾患のコンプレックスを抱えたキャリーを肯定
We got one last chance to make it real
To trade in these wings on some wheels
Climb in back,
Heaven's waiting down on the tracks
(それを現実にする最後のチャンスを得た
翼を車輪に変えて
後部座席に乗り込め
この道の先に天国が待っている)
→ガブリエラという名は天使ガブリエルの女性形
天使の翼を車輪(車、車椅子)にトレード
この先に待つ天国とは、夢にまで見た景色か、それとも。
このような関連性を見出して満足したところで、ブルース・スプリングスティーンの件は下記のような会話で締められる。
「ブルース・スプリングスティーンみたいな男の人って、本当はいないよね」歌が終わると彼女はいった。
「ブルース・スプリングスティーンだって、ブルース・スプリングスティーンみたいなわけじゃない」わたしはいった。「何でも美化できる。美しくないものでも。それが芸術というものよ」
キャリーは(少なくともガブリエラの前では)感傷に浸ることはせず、ひたすらに現実的であった。ザ・ボスも形無しである。
恐らく作者が狙ったのは後の会話の方で、歌詞とストーリーがリンクしているのは当然、得意顔で分析したつもりが手のひらで転がされていたようだ。
しかし見方を変えれば、これはアメリカでブルース・スプリングスティーンが如何に象徴的な存在であるかという事実を表している、という要らぬフォローをしつつ、久しぶりに引っ張り出した『明日なき暴走』に耳を傾ける。
・軽妙な会話
アンディは妻と娘を亡くし、自暴自棄に陥って死も考える。妊娠発覚前まで破滅的な生活を送ってきたため、知り合いも薬物の売人などアウトローな人物が多いのだが、キャリーやレイなど手助けしてくれる人々との交流も描かれる。実際それを通じてアンディが鼓舞されるといった描写はなく、どちらかというと亡き娘の言葉に突き動かされた感が強い。しかし、臨むのは孤独な戦いではあるものの決して1人ではないこと、世の中捨てたものではないと思える人物が存在することは、アンディにとっても(読者にとっても)救いとなったに違いない。
などと書いておいて恐縮だが、下記はアンディが訪れたハードウェア店にて恩人のレイと再会した際の会話の一部だ。
「それで、調子はどうだい?」
「ああ、最高だ」
「気を悪くしないでほしいが、あんたは犬のケツみたいに見える」
「犬のケツをよく見るのか?」
「あんたと犬のどっちかを選ぶなら、犬のほうを見るね」
「接客には問題があるようだな」
まあ下品である。しかしもし読者がスティーブン・キングの作品などでワクチンを接種していて免疫があるのであれば、この軽妙な台詞回しはお気に召すはずだ。この後レイに頼まれてポイントカードを作らされるのも何気ない会話なのだが、貯まることがないであろう悲しみを思わせるようでもあり、今後も続く人生を思わせるようでもあり印象的であった。
この後に出てくる「I contain multitudes(俺はいろいろなものを抱えているんだ)」というホイットマンの詩の一節も光っており、シンプルな中にも巧妙にキーワードが散りばめられていると感じた。
全編通して、時にくだらなく、時に哲学的な会話が心地よかった。
⚫︎邦題について
当初は罪と願いという単語の組み合わせに不穏さと同居するロマンティシズムを感じていた。読み終えてみれば主役格の人物3人が3人とも罪に願いを託さざるを得ない境遇で、星だとか神だとかに願って思い遂げられるならとっくにやっている!と、ひたすらリアリスティックに迫ってくる作品だった。『罪に願う』ではなく『罪に願いを』としているのも、心地良くもザラついた読了感と重なって、本を閉じて改めて表紙を眺め、いいタイトルだと余韻に浸った。
⚫︎最後に
生活を覆う生きづらさの闇は、いつの時代、どの地域であろうと容赦無く襲い来る。なぜ自分が斯くも酷い目に遭うのかと悲観することもある。それでも今ある命を使い果たし、自分の信念を確かめたい。人間万事塞翁が馬。悪いこともあれば、いいこともあるはずだから。
胸を打つ各々のラストは、決して幸せの訪れだけを予感させるものではない。しかし3人の犯した罪と覚悟に触れた今、その後に続く明るい明日を願わずにはいられない。

