ラーメン食べたい|アマノ文筆クラブ 参加作品
休日の昼下がり。晴れた公園。
あんなもの拾うんじゃなかった。
有休消化のために取った休みで特にやることもなかったので、昼前に起きてシャワーを浴びて、散歩に出かけた。
家の近くの公園に来てみたが、誰もいない静かな公園は何もない場所よりも却って寂しさを感じる。ひとまずベンチに腰掛ける。木製特有の湿り気を感じる。
しばらくぼーっとしてみたが、暇で仕方ない。
こんな時間も悪くないと感じる人も少なからずいるだろうが、自分は退屈を楽しめるほど成熟してはいないようだ。
どうせ退屈なら家の方がいいかと思って立ち上がろうとしたとき、ふとベンチの傍に丸められた紙のようなものが落ちていることに気付いた。
ただのゴミだと思ったが、よくある捨てられたレシートのような草臥れた感じとは少し違った。少し真新しいというか、草も生えっぱなしの無造作な景色には不釣り合いな異物に見えた。
なんとなく気になって、屈んで拾ってみた。大したものではないだろうし、何の紙か確認して近くのゴミ箱に捨てればいい。ゴミ拾いのボランティアをしたようで少し気分もいいだろう。
丸まった紙を広げてみる。
『ラーメンたべたい』
汚い字でそう書かれていた。
なんだこれ。
食べたらええがな。
くだらなさに乾いた笑いが鼻から出たが、すぐに丸めてゴミ箱に捨てて、公園を出た。
自宅への帰路で、先ほどの紙がだんだん気になってくる。
あれは何だったんだろう。
子供の字のようでもあり、大人の殴り書きのようでもあった。
子供から親へのおねだりか。
ダイエット中の人の心の叫びか。
いずれにせよ、食べたいということは、本人は食べられる状況にいないということだろうか。
そうだとしても、どうしてわざわざ紙に書き、そしてあの公園に丸めて捨てられていたのか。
ひょっとして、軟禁されていて自由に食事を取れない人の悲痛な願い、とか?
犯人に見つからないようにこっそり書いて、何とか部屋の窓から投げた者が、偶然あの場所に転がっていた、とか?
もしかしてあれはSOSのメッセージだったんじゃないか?
いやいやいやいや。
だったらSOSって書けよ。助けてとか。
なんだラーメンたべたいって。
そんなことわざわざ書いて何の意味が。
あるのか?意味が。
ラーメンたべたい、その言葉に。
「食べたい」ではなく「たべたい」だったのは、漢字を書くのが面倒だったからなのか、それともひらがなでないといけない理由があったのか。
殴り書きに見えたあの字もそれぞれの大きさや配置に意味があって、乱雑に丸められたように見えて実はその折り目に沿って文字を繋ぎ合わせることで本当のメッセージが読めるようになり、そしてその言葉をある方法で変換することで……。
あれ以来、ラーメンを食べるたびにあの紙のことを思い出して、味がしなくなる。
あの紙の主は、ラーメンを食べられたのだろうか。
甘野充さんのこちらの記事を拝見して書きました。
ラーメン食べたい。
このタイトルでショートショートを書いてみよう。
そう決めてからしばらく考えたが、何も浮かびませんでした。
どうしてこんなにも浮かばないのか考えてみて、一つわかったことがありました。
ラーメン、別に食べたくない。
そういえば自分は、そもそもラーメンに限らず、食にあまり興味がありません。
「〇〇食べたい」と思うことが生活の中で本当にほぼない。
さらに外食も滅多にしないこともあり、ラーメンを食べる機会もほとんどない。
よって、自分の中に「ラーメン食べたい」という感情が見当たりません。
どおりで何も浮かんでこないわけです。
そう考えた私は、「ラーメン食べたい」と100回声に出してみることにしました。
ラーメンたべたい。
ラーメンたべたい。
ラーメン、たべたい。
ラーメン、たべたい。
自然と夢屋まさるのリズムになってしまう。
彼は今何をしてるんだっけ。
たしかトム・ブラウンのみちおに殺されたところまでは知ってる。
懐かしいことを思い出していても埒が明かない。
とりあえず文字に書き起こしてみました。
『ラーメンたべたい』
それを見つめる。
きっと何かインスピレーションが沸くはずだ。
駄目だ。だからなんだとしか思えません。
くしゃくしゃに丸めて部屋の隅のゴミ箱に向かって放り投げました。
普段なら音もなくリングに入る3Pシュートのようにスローが決まるところ、夢屋まさるの動きを何十回も繰り返した私の右腕はすでにコントロールがきかなくなっており、ゴミ箱の遥か上空を通り開けていた窓の向こうへと飛んでいってしまいました。
自宅マンションの下の公園に落ちたと思って慌てて取りに行きましたが、なぜかどこを探しても見当たりませんでした。
(了)
