「ほんとうに欲しかったのは、“わかってもらえること”だった」
「大丈夫」って言ったのは、
大丈夫じゃないことに気づいてほしかったからだと思う。
「平気」って笑ったのは、
自分でも何がつらいのか、言葉にできなかっただけなんだ。
だれかにわかってほしかった。
でも、だれかに聞かれたら、うまく答えられる気がしなかった。
だから、沈黙を選んだ。
だから、笑顔を貼った。
本当は、何をわかってほしかったのか。
今なら、少しわかる気がする。
それは「理由」じゃない。
「説得力のある説明」でもない。
ただ、
「そういう気持ちになるの、わかるよ」って
そう言ってくれる人が、ひとりでもいたら——
きっと、救われた。
だから今、わたしが誰かの言葉にふれるとき、
「理解しなきゃ」とは思わないようにしてる。
理解なんて、たぶん一生できない。
でも、「わかろうとすること」は、誰にでもできる。
わたしは、わかりたいと思ってる。
誰かの、いびつで、未完成で、言葉にならないままの「気持ち」を。
誰にもわかってもらえなかった気持ち。
どうしても説明できなかった感情。
そんなふうにして
置いてきたままの「自分」があるなら、
その記憶に、そっと寄り添える人でいたい。
🌙
わかってもらえなかった寂しさも、
わかってくれる誰かが現れたときに、
少しだけやさしく変わることがある。
だれかの痛みが、
だれかの言葉で、少しでも和らぎますように。
そんな願いをこめて——
今日もわたしは、言葉を綴っている。
