繁殖は本来、証明を要求される
はじめに
禁欲について考えていくと、必ずこの疑問にぶつかるのだ。
なぜ、たかが射精を止めるだけで様々な変化が訪れるのか。
集中力が戻り、物事が継続できるようになり、人と話すのが楽になる。
射精と集中力に、直接の関係があるとは思えない。なのに様々な変化を実感する。
この答えは、ホルモンの話だけではない。
もっと手前にある、繁殖という行為が生物にとって何だったのかという話まで戻る必要があるのだ。
動物の世界では、繁殖は勝ち取るものである
チンパンジーの雄は、群れの中のすべての雄と争う。兄弟であっても、幼い頃から一緒に育った相手であっても関係ない。交尾の機会を得るためだけに、本気で戦うのだ。
ライオンも同じである。群れを率いる地位を巡って、命を落とすこともある戦いをする。負けた個体は追い出され、繁殖の機会を失う。
残酷に見えるが、生物の設計としてはこうなっている。繁殖は、常に証明を要求されるものだった。
強いこと、健康であること、群れの中で価値があること。それを示した個体だけが機会を得る。
そして重要なのは、この仕組みが単に子孫を選別するためだけのものではないという点である。証明を要求される過程そのものが、個体を鍛えていた。戦うから強くなる。競うから粘り強くなる。仕組みが個体を作っていた。
人間も、同じ構造の中にいた
人間の場合、争いの形は変わった。しかし構造は残っている。
魅力を高める。稼ぐ力をつける。周囲から信頼される人間になる。断られる恐怖を越えて声をかける。関係を続けるために自分を調整する。そのすべてが証明の過程である。
そして動物と同じように、この過程が人間を作ってきた。
断られた経験があるから、次に声をかけるときに落ち着いていられる。稼ぐために働いた時間があるから、金の重みが分かる。体を鍛えた期間があるから、続けることの意味を知っている。得られた結果より、そこに至る過程のほうが本体だった。
この構造は、人類が存在した期間のほぼすべてにおいて成立していた。壊れたのは、ここ20年ほどの話である。
証明を飛ばして、報酬だけを取り出す
ポルノがしていることは、単純に言えばこれである。
誰にも拒絶されない。何も証明しなくていい。努力も、時間も、勇気もいらない。画面を開けば、即座に報酬だけが手に入る。
脳が想定していた順序を、完全に逆にしている。
本来なら、証明の過程を経た結果として報酬が来るはずだった。その順序があったから、脳は過程に耐えるように作られている。報酬が先に、しかも過程なしで手に入る状況は、生物の歴史のどこにも存在しなかった。
だからこの発明に対して、人間は無防備なのである。耐性を持てるだけの時間を経ていない。
近道が効かない理由
ここが本題である。
難しい資格を取ること。稼げる仕事に就くこと。鍛えた体を作ること。良い相手と関係を築くこと。これらに共通しているのは、結果そのものより、そこに至る過程で人間が作られるという点である。
資格の紙が人を変えるのではない。半年間、毎日机に向かい続けたという事実が人を変える。体もそうで、写真に写る見た目ではなく、続けた期間が中身を作る。関係もそうで、うまくいっている状態ではなく、うまくいかない時期を越えた経験が人を大人にする。
ポルノが与えるのは、過程を抜いた報酬だけである。だから何も残らない。
それどころか、事態はもっと悪い。過程を経ずに報酬を得る回路が強化されるので、他のすべての場面でも過程に耐えられない人間になっていく。
集中力と依存が、同じ根から出ている理由
依存している者に共通しているものがある。集中が続かない。何を始めても続かない。この2つはほぼ例外なくセットで現れる。
偶然ではない。近道の味を覚えた脳にとって、正規の道はどれも割に合わなく見えるからである。
勉強も、筋トレも、仕事も、読書も、すべて過程を要求する。手応えが返ってくるまでに時間がかかる。ところが脳は、開いた瞬間に最大の報酬が来る経路を知ってしまっている。その基準で見れば、他のすべては効率の悪い作業でしかない。
意志が弱いのではない。比較の基準が壊れているのだ。
そしてこの構造は、悪い方向に自己強化する。何をやっても続かないので自信を失い、自信を失うと現実の場面で証明しようとしなくなり、証明しないぶん報酬は画面からしか得られなくなる。依存が人から自信を奪う本当の経路は、ここにある。
中途半端が効かない理由
頻度を減らすというやり方は、ほとんどの場合うまくいかない。
理由は単純で、耐性は使っているかどうかで決まるからである。週に2回でも見ていれば、そのたびに強い刺激が入る。減らしても、下がりきる前に次が来る。
そして減らすという方針は、毎回判断を要求する。今日は見ていいのか、これで何回目か、これは許容範囲か。この判断を毎日させられること自体が消耗になる。断ってしまえば、判断は一度で済む。
よく、薬物より悪いという言い方を見かける。そこまでの主張を支える根拠は存在しない。ただし、金がかからず、誰にも見つからず、社会的にも咎められないという点で、断つ難易度は高い。ここは正直に書いておきたい。
拒絶されない場所に居続けた代償
証明の話に戻る。
ポルノには拒絶がない。画面の向こうの相手は、あなたを断らない。今日は気分ではないとも言わないし、あなたには興味がないとも言わない。無限に用意されていて、飽きたら次に移れる。
現実の関係には、必ず拒絶がある。声をかければ断られることがあるし、うまくいっていた相手が急に離れていくこともある。関係を作るという行為は、拒絶を引き受ける行為とほぼ同義である。
そして拒絶に耐える能力は、使わなければ落ちていく。何年も断られない環境にいた人間が、いきなり断られる場所に出ていけるはずがない。怖くなったのではなく、耐性を失っている。
ここでも構造は同じである。過程を飛ばした結果、過程に耐える力が育っていない。そして力が育っていないから、ますます飛ばしたくなる。
断つと、この感覚は少しずつ戻ってくる。断られることが、致命的な出来事ではなくなっていく。もともと人間はそういう作りになっていて、断られながら進むことが標準の状態だった。
空いた時間をどこに使うか
断つと決めたあと、必ず時間が余る。ここを決めておかないと、行き場を失ったエネルギーが苛立ちに変わる。
ウエイトトレーニングで重いものを持ち上げる。体は最も分かりやすく返事をしてくれる
静かに座る時間を作る。刺激を入れない時間そのものが回復になる
達成に半年以上かかる目標を1つ決める
金を稼ぐ。現実の世界で価値を証明する経路として、最も分かりやすい
共通しているのは、どれも過程を要求するという点である。近道の味を消すには、正規の道を歩き直すしかない。
そして半年も続ければ、比較の基準そのものが戻ってくる。時間をかけて手に入れたものが、時間をかけずに手に入るものより価値があるという、本来の感覚である。
さいごに
繁殖は、証明した者にしか許されない仕組みとして設計されていた。そして証明を要求される過程そのものが、個体を作っていた。
ポルノはこの順序を壊す。証明を飛ばし、報酬だけを取り出す。だから何も残らないどころか、過程に耐える力そのものを削っていく。
近道で得たものは、何も残さない。全額を払って手に入れたものだけが、あなたの一部になる。
